決して埋まらない溝───ラバー人と非ラバー人

 NHK総合では、「一期一会」という番組を最近放映しています。ヤンキーと司法試験をめざす大学生、ヤンママと独身大学院生など、境遇が違う同性・同世代のふたりを会わせて三日間にわたってやりとりを記録する異色ドキュメンタリー番組です。
 私はこの番組にはなんの意味もない、少なくとも出演者にとっては、そう思います。もちろん視聴者は面白いと思ってみるから番組としては意義がありますが……。「ヤンキー」「一流大学生」こうしたレッテルで十把一絡げに話すことに対する鋭いツッコミがあるのは承知しています。人は昨日突然ヤンキーだの、一流大学生だのになったのではなく、それまでの十数年あるいは二十年以上の長い人生の経緯があってはじめて、そうなったのです。ただいえるのは、対立しがちなふたつのカテゴリーに属する人のあいだの長い時間をかけて深く掘られた溝は決して埋まることがありません。
 きょうの放送では、小学校時代に2年間、学級崩壊のなかいじめられた経験を持つ一橋大学の大学生が、たまたまそこにいた元小学校教諭に非行少年の動機を訊いたところ「荒れていた教室にあなたも2年間居て、その人たちの気持ちが分からなかったのなら、今だって分かるはずがない」と一喝され、挙げ句の果てに帰れとまでいわれます。この元小学校教諭(オッサン)は、彼女がいじめられた過去を持つことを一切知らなかったのでこう言うのもやむを得ません。それにいかにもエリート面したこの一流大学生に虫が好かなかったのでしょう。まあこういうことは珍しいことではありません。
 ただ、面白いのは、みずから番組に応募したこの学生が、この一件をもってロケを中止し、帰りたいと泣き出したことです。理由は「先生(元教諭のこと)がいやだから」。
 それに対し、「元ヤンキー」は「みんなが関わっている番組だし、自分で応募したんだから、帰るなんて許されないはず。(番組に関わっている)人の気持ちを考えて」と説諭します。これに学生が応えてロケは続行され無事放映されました。
 この番組を見ていて、私はコミュニケーションについて思いを深めます。コミュニケーションとはなにか。人はなぜコミュニケーションをするのか。そして、ある人が、なぜ、その人とコミュニケーションすることを好むのか(あるいは好まないのか)。
 ラバーフェティシストはどうなんでしょうか? 私はラバーフェティシストのみなさんとコミュニケーションしたいとすごく思います。渇望して居るんです。本当です。それも、クラブイベントとかでじゃなく、昼間、酒とか飲まずに、たとえばスターバックスとかファミレスで話したいと思っています。しかも私服で(会社勤めの人はスーツでもいいでしょう)。なぜそう思うかというと、まともに生きられる人生はだれでもじつはたいへんにわずかです(地球50億年の歴史にくらべて)。今30歳の人ならこの手の話題で盛り上がれるのはせいぜいあと20~30年間。時間的な限界もさることながら、出会える可能性の少なさもまた焦燥感を煽ります。そもそもすべてのラバーフェティシストが、同好の士とコミュニケーションをとりたいなんて思っているはずもないんです。私みたいにね。私は、こんなALT-FETISH.comみたいなサイトに登場こそしていますが、男性ラバーフェティシストと実際に会ったことはここ8年くらいありません(女性はなんこさんに会いましたが……)。ロビンソンクルーソーのようなものです。ラバーフェティシスト絶対数が少ないうえに、会いたいとなるともっと対象者が減ってしまいます。
 そう考えるととても寂しいですね。
 私の弟は、ストレス発散のために夜遊びをしたり、酒を飲んだりタバコを吸ったりします。まったく普通人のストレス解消法です。その弟に、「酒もタバコも身体に悪い。ラバーを着てオナニーしてごらん、スッキリするよ」って言ってみたのですが、「そもそもラバー着てオナニーという発想にならないし、百歩譲ってそうなったとしても時間と手間を考えるとやろうという気も起こらない。ごめん」とぴしゃり。最後の「ごめん」が互いの溝の深さを決定的にしました。
 冒頭で紹介した番組一期一会ではヤンキーと難関国立大生が対面して話しますが、互いの境遇の違いに「ヘエー」と浅く感心して終わるだけというのがパターンです。非ラバー人の弟とのオナニー談義も同じ感じでした。
 末筆ではございますが私もみなさんのご賢察どおり、ヤンキーに、中三のときに、ボコボコにされた過去を持っている人間です。その経験が今の私つまり恐るべきビザールゴム人間に至らしめる、強い変身願望(欲求)を醸成したことは想像に難くありません。外見の分離にとどまっててよかった、これが内面の分裂を来せば、完全に病気となっていたに違いありません。
お知らせ 今は商品が少なくご迷惑をおかけしています。年末年始も休むつもりはありません。年内から年始にかけ、大量にあれこれ入荷する予定ですのでお楽しみに。
市川哲也
ALT-FETISH.com
http://www.alt-fetish.com/
info@alt-fetish.com
当コンテンツの一部または全部を引用または転載するときは「(C)ALT-FETISH.com」と最後に付記していただければ幸いです。また、今後の友好のためにもご一報いただければとてもうれしいです。

決して埋まらない溝───ラバー人と非ラバー人” への3件のフィードバック

  1. ファティーグの所在地がわりと近所ということもあってか東小金井に出掛けるたびに、この町には少なくともラバーフェチが一人いるぞ、などと意識してしまいます。学生身分の私なんぞでよろしいのでしたら、是非一度お会いしてみたいところです。自分と違う世代の方とラバー話で盛り上がるなんて素敵すぎです。

  2. こんにちわ 全般性フェチのcantamaです
    いろんなものに反応してしまう私ですが、ラバーは特に落ち着く素材です 興奮と鎮静の二つのチカラがあります
    私はクラブイベントも酒場も苦手で一二度しか参加したことがありません 自分で言うのも変ですがシャイで恥ずかしがりなので実際に目の前にあるとドキドキしてしまいます
    前は水中系の皆さんとオフ会にも参加していましたが、徐々に気持ちが離れて行きました もちろんこちらの問題ですが
    自分の作品は一人で創りたいという魂の現れと思っています
    フェチ道を極めたい!そのためには自分の力を高めねばと脳力開発をしています
    市川さんのように独立したフェチを目指したいです
    まだ商品を購入できませんが応援しています
    お会いできる日を楽しみにしています  ありがとう

  3. 私にとってラバーは、柔らかく傷つきやすい裸の自我を守るための「鎧」です。したがってラバー体験はつねにひとりで、社会から隔絶された空間でのみ成り立ちます。

コメントは停止中です。