「メディア時評」カテゴリーアーカイブ

血液が足りない

 血液が足りないらしい。これはたいへんな事態だと思う。
ぜひ多くのみなさんに献血のご協力を呼びかけたい。特にフェチ系の中でもとりわけハードな「流血フェチ」の方々。あからさまに昼間から、出血プレイをプロの看護婦によって施してもらえるまたとない機会だ。ラバーを着て、献血へ、ゴー!
★たくさん出品中
Text by Tetsuya Ichikawa
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スタジオジブリのこれまでとこれから

「A Division of Tokumashoten」という文字が最近まで、スタジオジブリの入り口脇に設置された看板に表示されていた。明日、3/31をもって、スタジオジブリが徳間から独立し、完全別会社化するのにともない、すでにこの文字は消されている。
 スタジオジブリはふたりのアニメオタク(鈴木敏夫と宮崎駿)に、道楽好きの徳間のおとっつぁん(康快氏、故人)が金に糸目を付けずに投資し、育て上げた道楽商売のひとつだった。
 たまたま2001年夏に公開した「千と千尋の神隠し」が2千万人を動員する空前のヒットを記録。当時徳間は千億円以上の借金を抱えて倒産寸前で、銀行が見切りをつけ清算を言い渡す寸前だった。
 徳間の借金は、創業者徳間のおとっつぁんの放漫経営(夢実現のためには金に糸目を付けない)によるものだった。貸し込む銀行も銀行だが、不良債権処理のためには経営者に引導を渡すほかない。そこに降ってわいたようにアニメがヒットし、何とか借金の返済に道筋が描けるようになったのだ。
 メインバンクの三井住友銀行から徳間に入った社長が4年でたいへんなリストラをして、余計な部門は全部売り払った。最後に残ったスタジオジブリと出版部門も処分されるときがきた。スタジオジブリは百数十億円也で徳間は新会社「スタジオジブリ」に売却。株式会社スタジオジブリの社長には件(くだん)のアニメオタクのひとり、鈴木敏夫氏が、また監督・宮崎駿氏は役員に就く。
 東京・小金井市のスタジオジブリ建物はシンプル&モダンを基調にしながらも、敷地内には豊かな常緑樹が植えられ、駐車スペースの地面はコンクリートではなく地面が覗くレンガ敷きだ。周囲には関連のスタジオがいくつも建てられており、その建物ひとつひとつがどこかジブリらしさを感じさせる意匠をともなっている。休日には「ジブリファン」らしき若者たちが写真を撮る光景もめずらしくない。住宅地のなかに突如として現れるクリエイティブな夢あふれる建物群が、知る人ぞ知る「中央線の名所」として定着している。
 さてこれからのスタジオジブリだが、果たして宮崎氏のような逸材が育つのだろうか。24時間365日(最近では日曜日だけ休みにしているみたい)明かりの消えることのないスタジオで一心不乱に働くアニメーターたちは確かに厳しい選抜をかいくぐってこのスタジオへ入社したことは間違いない。だがあそこまで働くなかで、自分の志を、夢を、かたちに育ててカリスマとなって次の時代を切り開くのは容易ではない。多くは摩耗して終わる。
 また、スタジオジブリの今後を占うにあたり、筆者が密かに注目するのは、ジブリの建物の真上を通る送電線である。電磁波の人体への影響がグレーである以上は、それがどう影響するのか未知数なのだ。ソフトコンテンツ産業が人材で成り立つ以上、その人材の臓器の中枢、脳に降り注ぐ電磁波のリスクは決して看過できるものではない。すでに白血病で死亡した社員の噂も地域では出ている(もちろん単なる噂、の域を出ていない)。
 しかしそんなことは枝葉であり本筋にはならないだろう。
 先般の宮本麻希さんの話ではないが、やはり宮崎駿、徳間康快といった「金の問題などに拘泥せず自分のやりたいことをやる」勇気ある夢追い人なくしては今日のスタジオジブリというのは存立し得なかった、この事実が私たちを勇気づけるのである。そうした人材が新生ジブリで育つことを願わずにはいられない。
Text by Tetsuya Ichikawa
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男らしさってなんだろう

 私は、あるサイトの主宰者(当然女性だと思っていた)が男であることを先日聞きおよんで、けっこうビックリした(chikaさんのことではない、念のため)。写真とかは女性にしか見えない(女装しているようだ)。名前もけっこう中性的な、言われてみればどっちにでもとれる名前だった。で、男だと知ってどういうふうに思ったかというと、けっこうそれがひどい感想だといま思い返しても思う。「ヘエ、なんだ、ありがちなネカマか」こう、思ったのである。驚きのあまりその程度の感想しか出てこなかった自分が切ない。
 ところで私は男でーす。イヤ、意味はないです。最近思うんだけれど、なんで男かというと、この主宰者みたいに本当は女性としてサイトに登場してもよかった(それができるのがインターネットだ!)。でも、なんで男かというと、これまたひどい理由なんだけど、面倒くさかっただけ。もともと男だから男のままでたほうがラク、それだけである。うーむ、ひどい。書くとますますひどい。
 もっと、自分の気持ち(ラバーずくめの女装してみたい、というのがある)に素直に耳を傾けて、真摯に取り組むべきだとふと思った。そういう点では、この主宰者は、「エライ!」って思う。なんだ、ネカマじゃん、というのは簡単だ。しかし彼はそういう貧相な印象批評で済ますことはできない、意義のある活動をしていたのである。
 ネットだからできると書いたけれども、本当にそれは真実だと思う。ドメインを取って、それらしい写真を撮って、プロフィールとサイトの説明を書いて、アットいう間にそれはできあがる。ただ問題は継続がたいへんだということ。Alt-fetish.comにしてもこのブログにしても、継続することを主眼においている。フェチはその次にくる。
 話を戻すが、本当は男だったその主宰者のサイトをしみじみと思い出すと、確かになるほど、女というより男っぽい文章だなーと思う部分は多々ある。女性らしさ、男性らしさというのは、文章になるとけっこう出てくるものだと思った。
 私は性差って結構あると思う。たとえば、公園で昼間、紙飛行機を飛ばしている集団を見かけたが、全員が男であった。定年退職し暇をもてあましたオッサンから構成される地域の「紙飛行機を飛ばす」サークル。そういうところに入って、公園で昼間っから紙飛行機を飛ばすのは男以外にあり得ない(おば(あ)さんたちがそういうことをしていたらたぶんミステリーサークル並にコワい絵になると思う。オッサンたちだからまだ見られるのだ)。
 もちろん暇だから徒党を組むのはムシロ女性の特権である。しかし、内容が紙飛行機、という点がポイントだ。
 紙飛行機といっても、けっこう本格的なヤツ。ケント紙の厚紙を何重にもボンドで接着してつくるあれね。胴体の下にゼムクリップを伸ばして作ったフックが付いていて、割り箸と輪ゴムで作った「飛ばす道具」で空に向かっていきおいよく各自自作の紙飛行機を飛ばしているのである。みんな、無言で。
 そういう趣味をまじめにやるのって、やっぱり男だと思う。なんの足しにもならない、バカげたことに夢中になる。男、というよりむしろ歳をとった男の子というべきか。
 フェチもまた、なんの足しにもならないバカげた趣味のひとつだ。それを継続して続けるのはやはり男、なのである。
 公園で筆者の足下に落ちてきた紙飛行機の翼には、「田中」とシャチハタ印が押されていた。きっと会社員時代に使っていたシャチハタをもらって取っておいたのに違いない。上手に作れた紙飛行機が、仲間のそれと紛れても分かるように、判子を翼に押したのだろう。その時の得意げな、ワクワクする気持ち。果たして女に分かってもらえるだろうか? 無理だろう。
 男らしいな、「田中」さん。
 話がずれるが、女に分かりづらい男の性癖として、もうひとつ、たぶん、DIY。私、家にある古いダイニングテーブルにキャスターを付けたくて付けたくて仕方がなく、先日ついにホームセンターに行って妻に内緒でキャスターを買ってきた。千数百円のその買い物だが、レシートを見つけられ、妻に白眼視された。Alt-fetish.comのお客さんでラバーマスクの目の部分に小さな穴が沢山開いているタイプを所望する人がいたけれども、そういうのも女性にはなかなか支持されなさそうだ。私はでも、彼の気持ちはよく分かる。もちろん、BLACKSTYLEもそのへんは心得ていて、目の部分はそういう小さな穴の開いたもの、プラスチックレンズのもの、ミラーレンズのものとなんと3種類ものオプションが選べるのである。ケーヨーD2にいろいろな種類のキャスターが廉価で売られていることを知ったときの私の嬉しさと同じ嬉しさを、きっとこのお客さんも味わっていることだろう。
 はーあ、安藤美姫メダルなし、うーん世界の舞台は厳しい……。でも、日本のフィギュアの選手はずいぶんと美人になった。フィギュアといえば伊藤みどりだったからなあ。日本は財政赤字ではあるが経常黒字。つくったものがきちんと海外で評価され、外貨が入ってきているわけで、これからも安藤選手、に限らず世界で活躍するスポーツ選手のように世界で評価されるために地道な努力が欠かせないだろう。過酷で地味な努力の継続をできる民族、それが日本人の強さなのでは?
Text by Tetsuya Ichikawa
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大マスコミの特徴

 弟が日本の三大新聞社のひとつでアルバイトをはじめた。ワセダの政経に通うヤツならではの、おいしい「人脈バイト」である。筆者もじつはこの手のバイトを経験している。TBSとか集英社で。
 そういうところで働いてみた弟がさかんに騒いでいたのが、「社員はかっこいい」。かっこいいというのは、働く姿がなんだか胸を打つとかそういうのじゃなく、外見がモデルみたいにかっこいいということである。背が高かったり、顔が精悍だったり。
 筆者も就職活動をしていて思い出したが、新聞、テレビ、代理店の大手ともなると、完全に買い手市場である。いくらでも人は選びたい放題選べる。結局、学歴に容姿と体力が備わった人が選ばれるのである。クルマでいえば、最高級車に、すべてのメーカーオプションを付けたような、そういうキャラだ。オプションどころか、最高級車でもない私のようなのは書類で落とされる仕組みだ。TBSでのアルバイトや、就職活動を通じて、それは真実であるとの確信を深めた。それを言っちゃおしまいだが、そうしたメディア企業の理不尽さに一抹のむなしさをたびたび感じていた、というのが筆者の大マスコミへの所見である。
 ホリエモンは、正直言って外観はマスコミには選んでもらえない、色白なオタクキャラ。私もそうでした。しかもホリエモンはいまやだらしなく肥え太り、キモイ。脂ぎった肌、色白なのに服がカジュアルだから単なるだらしのない不健康なヲタにしか見えない。誰か大企業のオッサンがホリエモンのことを「公の場でスーツを着ないのは非常識」と言っていた。非常識かどうかは別にして、少なくともスーツくらい着ればビシッと決まってまだ好感度はあがったろうに。残念だ。昔はあれで長髪だったらしい。きっとモテたくてそうしていたに違いないが、色白で太っているという点でおおかたの美女はそっぽを向くだろう(まああれだけの金持ちになれば話は別となるわけだが)。
 そのキモイヲタに株を買われ、経営トップに居座られようとしている、容姿も学歴も兼ね備えたかっこいい大マスコミの一群がいる。フジサンケイグループ、とりわけニッポン放送の気の毒な社員たちだ。裁判所に棄却されようが、差し戻されようが、あくまで戦うそのけなげな姿。司法の場における虚しい負け戦を重ねるほどに深まる哀れさ。あそこまで抵抗するのは、何と言っても「自分たちはこんなにかっこいいし、選ばれたエリートなのに、なんでアンナわけのワカランキモイヲタに支配されなければならないの、絶対いやーキャー、強姦よ、助けてー」という感情があるのだろう(ないか)。
 まああまり問題にはされないのだが、筆者は痛切に感じたのが、大マスコミの内定獲得には容姿も重要だということである。筆者もその後社会人生活でいろいろなオフィスを見たが、もっともひどいのは金融機関のオフィスである。よくもまあこんなに○○ばかり集めたなっていうのが金融機関だ。そしてテレビや、電通のようなところは「ウソでしょう?」みたいな、私から見ると宇宙人のような美男美女ばかりであった。ホリエモンとフジの戦いでは醜いホリエモンがそのマスコミに逆襲を果たした、そういうふうに私には読める。
 ホリエモンの巻き起こした今回の騒動で、小泉首相は、「頭のいい人たちが……たいへんなことで」みたいに完全に傍観姿勢だった。マスコミにいると、ホリエモンがやっているような、法の目をかいくぐった企業買収、みたいな話は、本当に疎遠となる。日々ネタ探し、安定的なコンテンツ供給、広告枠の消化などそれぞれで忙しく、そんな企業買収、なんて小難しい話は誰も分からないのだ。そこが逆にマスコミの弱さだろう。
 ホリエモンは美食には目がないようで、今後もその醜さの度合いを深めることだろうが、少なくとも「キャラ」として、「日枝」よりは全然、いけてるのではないか? 水戸黄門で、印篭を見せられて「ぐぇへへええ」となる悪代官みたいな日枝にくらべ、若くて頭のいいホリエモン、もちろんヲタっぽくはあるけれども、人気者であることは間違いない。
 マスコミなんだから、そのへんの見せ方でもっと工夫できたのではないかと思う。たとえば日枝が玄関前でああだこうだというのではなくて、里谷多恵(最近、六本木の飲み屋で泥酔して店側とトラブルを引き起こした、五輪金メダリストでフジテレビ社員)が一升瓶を持って「ホリエモンなんかに負けない、ぞー」と威勢良くクダを巻く、くらいのパフォーマンスはあっていい(昔のひょうきん族はそういうノリのコントが多くて私は大好きだった)。少なくともコンテンツを作るメディア企業なんだから、それくらい楽しませてくれないと、果たしてメディア企業としてどうなんだろうというのはある。
 今後のことだが、とにかく私としては、メディア企業、特にテレビ局のおいしすぎる高賃金はズルすぎる(フジの平均賃金は1000万超。四季報に出てる)。だからホリエモンに買いたたかれてリストラし、ライブドアの平均賃金(400万円)並にしてもらいたい。なんでって、そのほうがスカッとするでしょう。そのことのインパクトはかなりでかいけれども、全然、そんなの当たり前のことだと思う。とにかくキー局のテレビ局の社員の給料というのは高すぎると思う。
 高すぎるのは給料だけじゃない。利益率も、資産における金融資産の割合もほかの業種にくらべかなり高いそうである。儲かったものを金でため込む(しかもほとんど配当をしないらしい)とどうなるかというと、税金をたくさん支払うということである。それは企業としてどうなんだろう。株を公開している企業としては、非常にいびつで不自然だ。株主はどうなっちゃってるんだろうと、こういう疑問がわいてくる。配当も払わず、会社は勝手に社員と国に金をばらまいてあとはため込んでる、投資もたいしてしていない、そんなアホな企業に投資をしているような連中だ。私にはそんな企業もナゾなら、ないがしろにされても黙っている株主のほうだってナゾだ。なんなんだろう。まあしりたくもないが。
Text by Tetsuya Ichikawa
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ホリエモンが勝った

 ホリエモンであろうとなかろうと、フジテレビ、ニッポン放送というメディア企業の無様な狼狽ぶりがひどい。今さらになって話に乗ってもいい(メリットのある事業ならば提携してもいい)とか日枝だが突然態度を軟化したり。
 就職活動ではテレビ局は人気で筆者も受けたが、なんで人気かというとおもしろおかしく仕事ができるうえに給料はバカ高いからである。ところが筆者とか、まあホリエモン(同い年で同じオタク)のようなタイプは、どうやらメディア企業を牛耳るオッサンどもからは嫌われるようである。天の邪鬼なところがあるからかも知れない。あとどこか本流な感じがしないところもダメなのだろう。こうしたメディア企業に内定するには、人としての「メジャー感」が欠かせない。それはたとえば家柄だったり、ずっとやってきたことだったり、人当たりだったりと、いろいろある。
 フジの会長にしてもニッポン放送の社長にしても、ホリエモンをそこまで嫌う必要はないだろうにと思うのだが、結局、ホリエモンはああしたメディア企業には相容れない人材(キャラ、といってもいい、そのアンチメジャーなオタク感)であるから嫌われるのだ。
 しかしオタクだって人権はあるし、プライドもある。公平を信じて入社の門を叩いたものの、意味不明な理由で落とされてしまう理不尽な就職活動の経験者ならだれでも、ライブドアの味方をしたくなる気持ちというのは持ちうるはずだ。
 フジがライブドアを拒む気持ちというのは、結局内定なんぞくれてやらない、社員以外のその他大勢の大衆に対する高い壁、排他性、差別主義、エリート主義の現れである。そういうことが根本にあるから、フジ、ニッポン放送の言い分というのはどこか不思議なのであって、身勝手だし、裁判では当然、負けるのだ。
 堀江は本の中では、コストについて切々と語っている。コピー機だとか、いろんな交際費だとか、そして、人件費だとか。そういうコストカット主義が持ち込まれるのは、ニッポン放送の社員なら誰だってイヤなはず。メディア企業の連中は、電波という目に見えない、かたちのない「枠」を広告媒体として販売し、巨利を得ている。その巨利を、自分たちの気に入った人たちだけで分け合って温々暖まっている。そういう妖しげなビジネスも、昨今の「変革」の中で一定のリスクにさらされる。当然だ。これはそういう囲い込みのずるいビジネスに対する、一般人のルサンチマンをエネルギーの根幹とする変革だから、根も深いし、動きも大きいものとなろう。
Text by Tetsuya Ichikawa
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テレビがネットにのみ込まれることは絶対にない

 毎日やることといったら、子育て、近所の主婦との会話、家事、雑事ばかりである。毎日変わる事なんてひとつもない。せいぜい風邪をひいたり治ったり、程度のものだ。そんな私の日常ではテレビ、それも他人のとっておきの不幸をおもしろおかしく教えてくれる民放だけが心の支えとなる───こういう専業主婦っていると思う、多くはないだろうが。テレビを見てるヤツってバカか暇人しかいないと思う。バカか暇人がネットなんて小難しいことができるわけがない。だから日枝のいうとおり、テレビがネットに飲み込まれることは絶対にない。バカ&暇人向けに消費財・サービスを売りたい企業が、媒体価値をテレビに見いだし続ける限りテレビは不滅だ。消費財市場が不滅な以上、テレビもまた、不滅だろう。
 雑誌で、IT企業のサラリーマンの某氏は年収2200万円、金融資産4800万円というのを見て驚愕した。私から見るととてつもない金持ちである。しかも年はあまり変わらない。すごいなあ。奥さんは専業主婦だって。そういう奥さんていったい何なんだろうと思う。たぶん私がもっとも嫌いなタイプに違いない。
 ホリエモンが結局フジを支配するというのはなくなったようで、つまらない。あの奇妙な日の丸メディアを、なんとかしてもらいたかったのだが。ホリエモンといえば、けっこう太っていると思う。ああいう太り方ってよくない。きっと、Alt-fetish.comのオリジナルキャットスーツは着られないと思う。着られてもすぐ剥がれそう。そういう点ではかわいそうに。肌もテカッているし。ラバピカは不要だな。
 私がああいう太り方をしないで済んでいるのはひとえに貧乏粗食くらしと毎日の家事労働のおかげである。
 まあ私のことはいいや。
 ラバピカだけれども、薬事法で勝手に輸入しちゃいけないことになっている化粧品に該当するといけないので、今度から「肌に直接塗る」用途があるということは書かないことにした。もちろん内容はいままでどおりだし、別に目的はラバーに光沢を与えるのがメインだからたいしたことはない。スベリをよくしたいんだったら、皮膚に塗らず、ラバーの裏側に塗ればいい話である。
 朝日がコラムを読むのに無料だが会員制にしやがった。個人情報目当ての乞食め。なんでどうでもいいコラム読むのに住所まで知らせないといかんのか。
 僕が朝日のコラムを読み出したら人生に倦んでいる証拠。会社員時代によく読んでいた。会社を辞めても、こうして読み出したということは……。しかしもう辞めるものはない。
 年収1億、家賃100万のマンションに住む漫画家ということで新城まやがテレビで紹介されていた。寝る時間は毎日2時間くらいなものらしい。
 なんか最近は、かわいい学生や、おそらく優秀なサラリーマンがそれなりにおもしろいブログを書くことが多くて私は疲れ気味だ。しかしchikaさんとフェチブログの双璧をなすべくがんばらねば。
 昔、ものごとを書いたりしゃべったりするのが大好きだった「素人」の私は、ある言葉の存在を知ってギョッとしたことがある。それは「床屋談義」という言葉。床屋の客とオヤジが交わすような陳腐でくだらない話題をさすんだと思う。私が常日頃語っていること、書いていることも床屋談義の域を出ないのだろうかと虚しくなった。
 ブログもほとんどは床屋談義だろう。もっともブログが床屋談義と違うのは読者がいること、時として社会的影響力を持つことカナ。それにほんものの床屋談義自体、いまはほとんど絶滅しているはずだ。しゃべる床屋ほどウザイものはないからね。あー、床屋は放送禁止用語だったね。
Text by Tetsuya Ichikawa
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日本社会でいちばんマズイ話

 ホリエモンがニッポン放送株を時間外取引で買って、フジテレビはじめとするフジサンケイグループを傘下におさめようとしていることについて、経団連会長の奥田さんが「堀江さんの『金さえあれば何でもできる』という考えは、日本社会で一番まずい話なので、道徳的におかしいと政財界から非難が出た。堀江さんも甘んじて受けないといけない」といった。
 私はこの問題にはふたつの対立が見て取れると考えている。ひとつは世代間対立である。日本社会は超高齢化社会といわれている。日本人の平均年齢は40歳。60歳以上の人口比は先進諸国のあいだでは群を抜いて高く、そのスピードも速い。しかもまもなく団塊世代が大量退職しようとしている。
 ジジイ、ババアの国で、堀江がしているのはフジサンケイグループにおいて社員のジジババに支払われ続けている、平均年収1000万を超える高給をリストラし、ライブドアのように平均年収400万に若返らせることだ。そうすれば企業としての魅力は増し、高く売り抜けることができる。
 そうしたプロセスで割を食うのはもちろんじじいばばあ、奥田に代表される財界の高齢者たちだ。なぜならリストラされるから。もらってきた既得権益=高給が、いまや堀江に脅かされている。
 奥田がいう「日本社会」とは、一面的には「じじいばばあが高給をもらえる社会」のことである。堀江の行動が「いちばんマズイ」のは、自分たちの給料、退職金、年金などの金銭給付が減ってしまう話だから、マズイ。
 私は奥田が何を言い出すのか待っていたが、今回のこの発言は、日本社会の世代間対立を一層鮮明に浮き立たせることとなった。
 もう一つの対立は世間の王道を行く連中対天の邪鬼連中であろう。堀江世代=私世代。私と堀江は同い年。受験勉強就職活動人口過剰でいつも大競争。中学時代はいじめ、自殺がブーム。バブル崩壊で就職氷河期。社会に出ても暗い90年代。急増する税金、社会保険料と、将来削られ続ける年金。その一方で、退職金で豪遊しようとする団塊世代。もちろんこうした世代のなかにあっても、それこそ大卒後、(早大卒にもかかわらず私は入社試験で落とされたのだが)フジサンケイグループに入社して高給をもらう同世代組というのはいるわけであり、そうした連中にいかに勝かが私らのもはや「生きるテーマ」(さもしいと謂われようがなんだろうが)となっている。
 そういう私ら天の邪鬼組のひとつの礎が「金がすべて」というモラルである。これは、長年にわたり、低賃金地獄にさらされたものだけが養うことのできる不屈の精神だ。ナチス帰還ユダヤ人が平和に命を懸けるのに、それは似ている。現代における低賃金とはとてつもない「金儲け主義」培養のプレートにほかならない。もちろん金がすべて教信者のおかげで社会が荒廃して、結局は自分たちだって犯罪被害者に転落するリスクは高まっているということは分かっているが、そうはいっても目先、とりあえず金がすべてに頼るほかない。能力のすべてを市場のちょっとした「誤謬」「ゆがみ」を見つけることに注力し、そこから一挙に巨額の利益を稼ぎ出す、投資家の行動哲学。ホリエモンの天の邪鬼な生き方はその一つの結実だ。
 それは素直なまじめなよい人柄、家柄の、同世代の王道勝ち組の価値観からは決して生まれない天の邪鬼の哲学でもある。
 ホリエモンは、世代間対立ともう一つ、こうした同世代内の価値観の対立があることも照明した。
 そうした意味でホリエモンは有価だと思う。彼にも能力があるのである。能力のある人をつまはじきにする社会を容認し、自分たちの権益こそ重要と主張するジジイの奥田経団連の思想のほうが、よっぽど「日本社会でいちばんマズイ話」だと私はそう思う。もちろんそうは思わない人だってたくさんいるし、そのほうが圧倒的に多かろう。そしてどう思おうと勝手だということもある。また、当の奥田さん本人も、フジのほうが悪い、みたいなことも同時に言ってはいる。
 ホリエモンはブログもやっている。その2/6のポストでは「#ちなみに、日曜日の私がレギュラー出演している、平成教育2005予備校は中止にされてしまったようだ。うーん、凄いことやるなあ。そんなのってあり?ありえねーとか思ってしまった。視聴率取れると思うんだけどなあ。まあ録画だけどさ。他局が激しく報道しているのに、フジテレビではほとんど報道されなかったらしいし。これじゃあ政治家に番組内容を歪曲されてしまう、某国営放送と同じじゃないのか。まさかとは思ったが残念である。資本力にあまり影響されるべきではない、報道やら番組構成やらを自ら歪曲してはいけないだろう。」
 激しく同意。この国のマスコミなんて所詮こんなもの。金で買いたたくほどの価値しかないということに尽きるだろう。金がすべてとかいって、金の何が悪いんだろう。わたしはFPである。金の話が専門のプロだ(いや、それで食っていないので、プロとはいえないか、汗)。でも全然食えない。一部の金持ちを除いて(!)、日本人は金の話は大嫌いだ。金は村社会の秩序をぶち壊すからだろう。しかしこれだけグローバル化して、海外で日本は売りまくっている以上、カネカネカネ、金の話をもっとどんどんしていかないと。やばいとおもう。
 本論へ戻そう。
 さて、ライブドア対フジは、裁判へ持ち込まれる見通しとなってきた。会社の支配権維持のために大量増資(発行株数を一挙に倍増)させようとするニッポン放送をライブドアが差し止め訴訟を起こす公算となったのだ。
 ニッポン放送=サンケイグループのイヤイヤは、商法では認められておらず、ライブドアの差し止めが勝という見方が一般的のようである。堀江が言うところの「売っているのを買っただけ、何が悪い」、フジの「ライブドアなんかが高い公共性を持つメディアを所有するとはけしからん」
 私に言わせればフジがメディアの公共性を掲げるとは噴飯だが。どっちが勝つか、目が離せない。
※オークション継続出品中です。サイズの合う方はどうぞ。
※人気のロシアンガスマスク入荷しています。
Text by Tetsuya Ichikawa
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階層縦断的発言者

 J-waveのソウルトレインという、平日深夜にやっている番組のナビゲーターリュウ氏。先日は凄かった。
 ヒップホップの曲をBGMにこの36歳のDJが若者言葉満載で言うことは、
・先進国で日本がいちばんエイズ増加率が高い→やばいよ、それって絶対きちんとしないといけない。
・美少女が誘拐され殺害される事件起こっている→「美少女が好きな人、ホント済みませんデモね。ホント、テレビとかで美少女ふうの若いタレントとかがニャンとか言ってるのみると、ハリセンで叩きたくなるんだよね。そういう女っぽさ、性的な女性アピールってもうやめたほうがいいと思うんだよ。どうしてああいうふうにメディアって女性ばかりを性的なものとして出すんだろう」
・橋本元首相ヤミ献金認める→「みんなにそうとうやばい目で見られてるって分からないのかね」
・結論→このままだと日本が変な方向に行っちゃってると思う。立て直していこうぜ、みんな。
 その日本であるが、筆者最大の関心事、財政危機について朝日の客員論説委員、小林慶一郎氏の意見をみてみよう。
 国と地方の借金が700兆円ある。その借金残高の増え方、額、いずれも先進国中最悪のペースだ。こう聞くとなんだかもうダメだみたいに思うだろう。マスコミもそれをいって盛り上げている。
 ところが、国の借金の残高に対して、日本という国はさすがに金持ち、現金預金が430兆円もある。それを加味すると、別に今すぐ破たんするということはないらしい。GDPに占める債務残高の比率は、この保有現金預金を債務から差し引いて先進各国とくらべる必要がある。そうすると日本はそんな悪い位置ではないらしい。
 700万円借金があって、現金預金が430万円あって、年間所得が40万円の人を想像すればいいかも知れない。現金で全部返したあとに、残りをコツコツと20年くらいで返済していけば何とかなりそうだ。
 あともう一つ、筆者最大の関心事パート2、それはこの国に忍び寄る階層化の波である。これはどうなのか。
 勝ち組、負け組とかいわれているけれど、じつはもっとえぐい階層化が進んでいる。
 先祖代々から成功した家々の人たちと、そうではない、パッとしないサラリーマン家庭の人たち、あるいはもっと下のフリーターやテンポラリーワーカーなどとのあいだで埋めようのない格差が広がっている。
 貧富の格差は政府が税金などを徴収して福祉で再配分することによって解消されるべきであるが、昨今富裕層が豊富に所有する国債の償還にともない、その機能が損なわれつつあるという。
 というのも、政府は国債の償還のためにおしなべて貧乏人から消費税などの名目で税金を徴収する。その税金を受け取るのは、国債を持っていた富裕層である。これでは貧乏人から金持ちへと、本来発生させるべき逆の流れを国が作ることになる。
 国債の発行をやめなければ、こうした形で貧富の差が拡大してしまうのである。非富裕層にしてみれば、現役世代では増税、将来世代にも莫大な借金が残り、それらは富裕層への債務であるとなると、日本も早晩ツチ族とフツ族みたいなことになりはしないかと心配だ。
 小林先生は解決策としては、インフレを起こす、増税する、政府が財政支出を減らすの三つの解決策を挙げ、財政支出の節減がいちばんいいといっているが私も同意見である。
 財政支出削減には、これまた福祉の削減などによりある程度の再配分機能の毀損が生じるが、それは国債乱発による先ほどのそれにくらべればまだマシだし、一時的なものであると思われる。
 小林先生も指摘していたが、財政支出削減の具体案としては、予算の増額を希望する官僚や族議員は、それを補ってあまりある歳入を自分でもってくることを義務づけること、だといっている。
 こんなの民間からみると当たり前の話である。なにかものを買う、投資するなら、十分見返りのあるリターンが見込まれなければならないわけで、資本主義である以上、国もそうしたものの考え方をしないといけない。業者のいわれるままに金を払って、カネを「予算消化」という視点からしか見ないような今の官僚組織が続くならば、財政支出削減は絵に描いた餅で終わる、そう、ちょうどこのなんの権限もない一変態が書くブログのように(w。
Text by Tetsuya Ichikawa
ラバー・レザー・PVCフェティッシュ
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自民の憲法改正案はクソ以下

 やってます。市川哲也のフェティッシュ・ジャーナル。ジャーナルである以上、事実に根ざした発表側の主張、考えが当然盛り込まれる。
 フェティッシュジャーナルの最大の主張は、フェチ。2番目に大きな主張は、護憲平和主義。憲法フェチでもある。ラブ・アンド・ピースっちゅうやつですな。
 新聞に、自民党の作った憲法改正案の骨子が出ていた。そんなものは筆者は無意味でバカげた時間の浪費以外の何ものでもないとシカトすべきだが、もっとも端的に自民の考えが出ているのは、改正方法の改正だ。
(現行)衆参両院の総議員の三分の二以上の賛成で改正案を発議し、国民の過半数で可決
(改正案)衆参両院の過半数で改正案を発議し、国民投票はなくても衆参各院の総議員の過半数の賛成があればオッケーにする
 もちろん「オッケーにする」とは書いていないが、結果としてはそうである。憲法を自由に変えられるようにして、自由に国民を戦争にぶち込みたい。勝手なことを言わせなくしたい。結果としてはそういうことである。
 うざい議員が多少いても、過半数で言い出せる。国民投票しなくても憲法が変えられる。
 ブログを読まれる賢明なる諸国民のみなさま。みなさんにいいたい。憲法はどのようなことがあろうと絶対に変えてはいけない。誰がなんといおうと。
 なぜなら、ヤツラの改正の狙いは、国民の手から憲法をひっぺがして、自分たちが好きにできるようにしようとするのが目的だからね。
 そもそも憲法というのは、すべての法律のなかでいちばんエライ最高法規なんだが、その目的は国民の権利利益の保護、それも国家によるその侵奪からの保護である。
 国民を、国家、すなわち金持ち、超エリート、年寄り、既得権利者(特殊法人の連中、地方のいろんな団体の理事など)から守ろうとするためにこれはある。
 それを変えたいという昨今の潮流。ひとえに、ウザい国民のシモジモの保護なんてどうでもいい、自分たちの好きなようにやろうぜ、そのためには邪魔な憲法をまずは料理しようという保守層の思惑を、実行しようとしているのである。これは日本の貧富の差の拡大、階層化、そういう大きな社会の流れを反映する動きとして捕らえるべきだろう。
 自民の改正案にはほかに、天皇を元首にするとか、出版・映像表現は法規制をかけられるようにするとか、怪しげなのも盛り込まれており、クソ、犬の糞、ゲロ、耳あか、そういうのすらもったいないくらいの、まさにクソ以下の案である。そういうクソ以下案を支持する読売の読者が朝日の読者より多いこの日本という国。
 自民が憲法改正盛り上げようって、言うじゃなぁい。でもそのまえに、国債暴落で破産団体としてIMFの支援ウケて超インフレ!残念!!あーあ、せっかく刷ったお札も足りなくなっちゃうよー斬りぃ!
Text by Tetsuya Ichikawa
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リズムよりも旋律

 最近ではようやく加齢により消え去った筆者のアイドルのCDを買う消費行動。しかしふと耳に入ったスピードのホワイト・ラブという曲の旋律があまりにも美しかったので、さっそく近所の中古CD屋でスピードのベストアルバムを買って聴いてみた。
 このアルバムのジャケットは豪勢で、4人のノーメイクの顔のアップがきれいに印刷されている。なんだこのスピードというのは、全員、完全に子供ではないかと思った。
 妻に聴くとデビュー時は小学六年生で、解散するときも十代だったようだ。
 スピード四人の年齢が、まだ権利能力のない未成年であるにもかかわらず、このように一定の時間拘束されて写真に撮られ、歌を歌わされて商品として仕立て上げられていたんだなと思うと、たとえば風邪ひいたり、おなかが痛かったりしてもステージに上がらなければならないような場合に彼女たちがどんなだったかを思うと、ちょっとやり切れない気持ちにもなる。
 それに義務教育の重要な期間に、私立中学も受験することなく、というか十分な勉強時間も確保する機会を与えられないまま、二十歳前には解散という形で放り出してしまう音楽産業はなかなかむごいと思った。
 歌詞を読むと「抱いていて」などというセックスをほうふつとさせる用語も頻出し、キワどい。こんなきわどい歌を、また未成年に歌わせるなんて、オトナっちゅうのはなんて悪いんだって(以下繰り返し)。
 筆者が好きになる曲、それは昨日のブログにも書いたように、美しい旋律を持つ曲である。小さい頃からバイオリンを習って、音楽といえばクラシックという家庭に育った私が、音楽に求めるのは、今はやりのビートの利いた喧しいのじゃなくて、旋律なのである。
 というか、リズムが利いたのはうるさいというより、身体が反応してくれない。運動神経が非常によろしくないので……。
 別に運動神経に関わらず、いい音楽というのは、美しい普遍性のある旋律を持っている。
 言い訳じゃないが、筆者がアイドルを好きになるのは、曲の旋律がいいからだ。いい旋律を持つものしかCDは買わない。だからコンサートに行ったり、ブロマイドを買ったりは絶対にしない。
 筆者が生まれてこのかたもっともはまったアイドルは、田村絵里子とプリンセスプリンセスである。高校時代の話で、絶対に人にいえない超恥ずかしい趣味だ。もしかすると、ラバーフェチということよりも自分としては恥ずかしい過去である。しかし、プリプリの曲とか、最高によかった。また、アイドルではないが、オペラ座の怪人とかレ・ミゼラブルのような、アンドリュー・ロイド・ウェーバーなどの英国ミュージカルの日本版にもはまった。あれらも曲があまりにも美しかった。
 もし、高校時代がスピードと重なっていたら、間違いなくスピードにはまっていたに違いない。今や解散し跡形もないスピードを見ると、じつによく作られていると感心することしきりだ。メインボーカルのヒロコの、振り絞るようなクリアな歌声。幼い美少女が一生懸命に歌い踊るビジュアルのもつ、本源的な魅力。
 今は、どんなに曲がよくてもある克服法によってさっさと忘れることにしている。今さらながらに気づくが、ポップスの旋律は所詮ポップス、底が浅いのである(クラシックと比べて)。だから、ヘッドフォンをかけて大音量で、はまった曲を何十回と繰り返し聞いていれば、翌日以降二度と聴きたくなくなる。まさしく消費である。
 スピードは解散してネット上でもあまり情報が得られなかったが、島袋寛子はhiroとしてエイベックスからソロデビューしたようで、筆者としては4人のうちこの人をいちばん応援したいと思った。なんといっても歌がうまいから。残滓にしては惜しい逸材に違いない。
Text by Tetsuya Ichikawa
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ブッシュ米大統領再選、そして……

再選されて液体をかけてやった。イッひっひ。液体といっても、筆者の足の水虫菌をたっぷり含んだ竹さく液(竹の炭を作るときに出る蒸気を液体化したものでとにかく臭い)であり、かけられたのは本人ではなく、再選を一面で告げた朝日新聞のその写真だ。写真の上で、水虫を治療してみてやったのである。ザマアミロだ。
 一般ネットユーザの関心事は大統領選よりも香田さんの殺害映像だったようだ。私の先日のブログ「萎える話し」の本文に記載された「香田」「殺害映像」というキーワードが、通常時の3倍のアクセスをもたらした(もちろんAlt-fetish.comの注文は増えない)。そんな殺害なんていうレアな話しもまあ面白いのかも知れないが趣味が悪すぎる。そんなのをネットで検索して探すなんて……。まあそれをまっさきにうちでやっていたのが私の妻なのだが(シュン)。
 NYに住む女友達にフリーのウェブデザイナーがいる。彼女のブッシュ再選へのコメントが使えるので紹介しよう。
「多分4年のうちに、また戦争だよ。イランとかで。そしてゲイの結婚は国の法律で禁止され(おまけに中絶も)、貧富の差はますます開き、子供はまともな教育もうけれず、そして株価は上がるという、アメリカにとってもおそろしい4年が待っている。どうせ小泉もうれしそうにブッシュに電話とかしてんだろうな。世界の悲劇だよ…」
 NY市の80%の人がケリーを支持していただけに、現地の失望感は深いという。
 貧富の差が拡大して犯罪が増えると、その被害に泣くのは私ら中産階級である。これは日米同じ話しだと思う(銃がないだけかなり日本はマシだが)。ブッシュ氏にはもう絶対に戦争はしてもらいたくないし、金持ちを優遇した税制や福祉・教育のカットもまた、やめてもらいたいと願うばかりだ。日本もそうだけれども、借金がふくれあがる中で、教育への投資を国が低迷させれば、もうあとは「山河あり」となるばかりだろう。
 しかし、ブッシュが再選したことでプラスの面もある。とりあえず目先の株価は安定するだろう。株式投資をやる人には朗報に違いない。日頃筆者は政財界を右寄りだ、好戦的だと批判しているが、株式投資で生計を立てることは否定しない。株投資のノウハウを確立して、自立することは、とりもなおさず国境を越えて生き残る力の獲得にほかならないから。筆者のようなあまのじゃくには株投資が向いているだろうし。
 あと、文化の面でもプラスに作用するかも知れない。たとえば、ドキュメンタリー映画の隆盛を築いたマイケル・ムーア。ブッシュがいてはじめて成り立つ。それに、私らのフェティシズムだって、社会制度の硬直が強まれば強まるほど、変態への共感はますに違いない。ある種のガス抜きとして、変態、サブカルチャーアートは機能するからだ。ブッシュで、変態やフェチは増えるに違いない。さあ、向こう4年間、カウンターカルチャーを大いに盛り上げようではないか。(1400字35分←書くのに要した時間)
Text by Tetsuya Ichikawa
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萎える話し

 自分の名前を、異性に呼ばれるときに、くん付で呼ばれるとドキッとしてしまうのは私だけ? 「ねえ、市川くんってさあ、マックも使えるんだよね?」といわれると、もう何でも言うことは聞きます、オオセツケくださいって気分になってしまう。
 最初にくん付けで呼ばれてドキッとした思い出は、大学に合格してサークルに入ったときに、同学年の、現役合格の女の子(一浪した私よりも、年齢はひとつ下)から、「○○くん」と呼ばれたとき。自分よりも能力の高い女の人から、年齢上はこっちが上なのにくんと呼ばれることのちょっとビザールな感じがたまらない。
 まあ前置きはそのくらいにして。
 最近はひどい事件が多い。筆者は変態的な行為と、妻との正規の行為とで、出す機会が普通の人よりも多いかも知れない。だから基本的には常に遅漏気味だ。
 特にパートナーがいる場面で遅漏だとまずいのであれこれ工夫を要するわけだが、最近のひどい事件を思い出すに付け、チンポが萎えて困る。
 もっとも萎えたのは香田さん殺害映像。もちろんソースは2chだが私はとてもじゃないがそのURLをクリックできなかった(つまり見ていない)。中には映像を見て吐いた人もいるという。私なんて、その映像を見てすらいないのに、想像だけでもうチンポは当分起たなくなった。じつは当の2chすらみられなかったのだが、妻がどんなことが書いてあるかをチラチラ私に報告するのを聞いてブルーになった。声帯のほうから切ったみたいだとか。5インポ(1インポ=1日チンポが起たない)は食らった。
 あと、別に事件というわけではないが、たまたまテレビでやっていた、水谷豊という定時制高校の先生のエピソードの数々には萎えた。
 この先生は深夜の繁華街でたむろする未成年者に声をかけて、相談に乗ってあげたりする勝手「夜回り」で一躍有名になった。この人の講演を見ていて、話しにでてくる十代の少年少女たちがいかに悲惨だったか。筆舌に尽くしがたい。特にもっとも萎えたのは、小学校の頃から父親に暴行を受け続けてシンナー漬けになり精神病院で最後は自殺してしまった女の子のケース。ひどすぎる。何がひどいって、その女の子はたまたま鬼畜な親から生まれてしまったというだけなのに、自分は悪くないのに、メチャメチャ自分を苛んで自殺までしてしまう。そこまで精神的に追い込まれるほどの彼女の生きた日常は、どれほど凄惨だったか。それを想像しただけで3インポは間違いない(1インポ=1日チンポが起たない)。
 水谷先生も私に言わせるとやや悪趣味だ。やっていることは深夜に外に出ているような、すなわち諸事情があって家に居場所を見いだせない最底辺の境遇の未成年から、ひどい話をたっぷりとしこたま仕入れてそれを本に書いたり講演でしゃべること。何もそんなコトしなくたっていいと思うが(彼自身はそうしないと寂しいからするとか自分で言っていた)。
 萎える話を立て続けに聞くとすごく落ち込んで、チンポも起ちませんし、こうしたブログへの意見表明も疎となる、小心者の私でした。
 男性はこういうふうに、露骨に残虐なことを見聞きするとたちまちその(生殖)機能がやられるとてもデリケートなイキモノだ。その点女性はどうなんだろう。
 女性といえば、紳助が殴った吉本興業の社員。めちゃくちゃ怒っている。もともと態度がでかい、ある意味礼儀知らずな雰囲気は紳助の証言から伝わってくるが、暴力はイカンということを改めて世間に示すためにも、徹底的に闘って欲しい。暴力をふるうと、ふるった方は3日で忘れるが、ふるわれた被害者のほうは死ぬまで忘れない。これが暴力の深刻な性質である。暴力は人生を変えてしまうと思う。スーフリというワセダの強姦サークルの代表に14年の実刑判決が出たけれど、やはり人生を変えるほどの衝撃を与えた犯人への刑としては軽いと思う。
 いずれにしてもさっきから私が萎える、萎えると言っている話は全部人間の暴力に関わる話だ。暴力は本当に肯定的な生の快楽に対しネガティブに作用すると思う。有名な哲学者アドルノの言葉。
「アウシュビッツ以後は、このわれわれの生存が肯定的なものであるといういかなる主張も単なるおしゃべりに見え、そうした主張は犠牲者たちに対する不当な行為であるという抵抗感が湧きおこらざるを得ない」
 これだからブログへのエントリーも萎える。つまり、アドルノはアウシュビッツでのユダヤ人虐待、ホロコースト(大量虐殺)という史上空前の暴力行為が現に存在した現代にあっては、もはや「楽しくやろうよ」とか「気持ちいいことをしたい」とかはもちろん「がんばろう」とか、そういうのも軽薄で無意味であり、そればかりか死んだユダヤ人に失礼だというわけだ。たしかにそうだろう。暴力を受けた人間の記憶も、死んでしまえば失われてしまう。一生涯忘れ得ぬ記憶すら死は奪う。それを代わりに覚えて次世代へつなげていく、それ以外に現代人が有為に生きる道はない、こうアドルノは言っている。暗いし、少なくとも萎える話しだ。100インポくらい?
Text by Tetsuya Ichikawa
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J-WAVE研究

もともと頭痛持ちである。それは突然やってくる。最初はジワーッと。夜は目も開けられないほど。吐きそうになることもある。バファリンが欠かせない。
 なにかの病気かと疑ったこともあるが違うらしい。これもまた筆者固有の生き辛さを盛りたてる演出の一貫ということか。
 昨日(正確には一昨日の深夜)のJ-WAVEのTR2は死ぬほど笑わせてもらった。みうらじゅんと安西肇がチンコ、オナニーとかのエロ話。オッサン2人のトークがこれほど笑えるとは、自分もすっかりおじさんだ。でもリスナーには十代の若者もいるみたいだけど。
 J-WAVEではウィークデー毎日夜1時から2時まで、ソウル・トレインというのをやっている。ポイントは、リュウさんというナビゲーターである。
この人は年齢は30代半ば、妻子ありで職業はDJ。帰国子女で、上智大学経済学部を出て総合商社へ就職後、やめてこっちの道に。ヒップホップの人である(ってよくわからんが、ヒップホップのDJということ、あ、ラップかも知れないが区別は付かない、私には)。
 小学校の頃からフットボールをやってきて、今日も、「ずっと続けてきて本当によかった、俺の基礎になっている」と言っていた。スポーツを続けてきて、友達とかの付き合いはいまだにあるし、またものごと何についてもいえることだが、はじめたものは続けて、最後まで終わらせることが大事という。
 私はこの人はけっこうエリートだと思う。経歴がなかなかすごいから。でもいまは、ヒップホップのDJということで、付き合っているマーケットは非エリートである。ヒップホップDJなのにエリートというのがこの人のおもしろさだ。
 深夜のソウルトレインにはさまざまなメールが寄せられる。たとえばバツイチで子供がいるホステスとか。そういうのが突然、(元)エリートのリュウさんに、「仕事きついけど、子供がいるからがんばれる」みたいなことを言ってくる。リュウさんは、仕事しているあいだは子供はどうしているの?と訊くと、ホステスは、ずっと保育施設に預けっぱなしという。
 バツイチのホステスに、幼い子供が育てられている、それも施設で一日の大半を過ごしている。エリートのリュウさんとしてはこんな子供の育て方は納得いかないのである。しかし放送でそれは口にできない。
「子供って本当にいいよねー。最高だよ。子供をもっていると、何でもがんばろうって気になるよね」
 いつもの子供礼賛トークで何とかお茶を濁した。ソウルトレインの真の楽しみ方、それは、エリートと非エリートの、子供をめぐる倫理観の相剋にあるとみているのは筆者だけではなかろう。
 こんなケースも。未成年から電話がかかってくる。その未成年は、リュウさんにこういう。「彼氏がいるがコンドームを使ってくれない」訊けば、その彼氏が無職フリーターであることが判明。リュウさんのアドレナリン爆発の瞬間がやってくる。「子供を甘く見るな。絶対に真剣に考えろ。オトナだって子供できたらたいへんなんだ。それを、まだ仕事にも就いていない君たちが云々」シブーイ説教が登場。ヒップホップとは相容れないそのエリートの絶叫が味わい深い、深夜のソウルトレインである。
 ある時こんなことをリュウさんは言っていた。「世の中には子供ができなくて悩んでいる人、子供が欲しくても出来ない人がいる、っていことを僕は知っています。そういうことがあるということを承知しています」このことを言い出す前は、例によって子供は絶対に作ったほうがいい、人生が変わる、たいへんだけど得られることはあまりにも大きいみたいなことを言いまくっていた。きっとクレームが来たに違いない。
 それもこれも少子高齢化の問題ということになるんだろうが、これをみうらじゅんと安西肇が語るとこうなる。
みうら(ホームランは精液が受精するようなセックスのことを意味する)「昔はみんなホームランか三振だけだったのに、いまではみんなちょろちょろとつまらんヒットばかり打って」
安西「やめてくださいよイチロー批判は」
 偏頭痛から深夜のJ-WAVE評になってきたので最後に、筆者が一番気になるTR2のキャラ、それは、チューズデーのトールマン園田という、エロ本編集者である。東大卒なのにエロ本編集者、しかも妻帯者。メインのリリー・フランキーにいたぶられて喜んでいる。早漏で熟女好きらしいが、何より驚愕したのは、仕事で、女王様から小便を浴びたことだ。東大卒なのに編集者で妻帯、おまけに小便を浴びるとは……。学歴こそ遠く及ばないものの、編集者で妻帯、変態装をしているという点で限りない共感を覚える私であった。ところでトールマン園田氏、最近へんなラップを披露している。内容はヘルスに入ってみたら相手してくれたのが55歳のババアだったから1分でいってしまった早漏野郎とか、イチにっさーんですぐいくおれ、とか、臭い俺とか、最低の自虐ネタ。これを、あろうことが前の番組のリュウさんが園田さんはすごい、日本語のラップって本当にかっこいいと思うよとか言っているんだけど、それってどうなんだろう。
 J-WAVネタ、最後とか言ってまだ続けるが、平井堅という売れてる歌手がいる。しっとりときかせるボーカル。原始人のような、まあかっこいい風貌。平井堅のオーマイレディオという夜10時くらいの番組があるけど、この人は性格がせこくて、およそあの曲の雰囲気とかけ離れていて面白い。同番組で別の曜日のユキは前に酔っぱらってきてこれも非常に面白かった。
 J-WAVEは開局前の試験放送時代から聴き始めている筆者。これからも耳が離せない。
※台風で大変な目に逢われた方には心よりお見舞い申し上げます。
※台風の影響で、新聞やマスコミの報道において、さかんに「ゴム」という言葉が出てきていますが、Alt-fetish.comの販売するラバーのキャットスーツとは異なる商品です。ご注意下さい。
Text by Tetsuya Ichikawa
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石原都知事、右傾化のワケ

公立学校の式典で、日の丸君が代斉唱のときは教師に起立させることを強制して、リベラルな教職員から集団訴訟を食らっている右寄りでおなじみのわれらが都知事、石原っち。今日は彼がどうしてそんなに保守で日の丸大好きなのか、探ってみました。
 文芸春秋の最新号で発表された彼の談話「特攻と日本人」を読むと、彼は中学校くらいのときに敗戦を迎えた。戦時中は、麦畑に潜んでいたらアメリカの空爆を受けて友達が撃たれて障害者になった。わりと低空を飛んでいたから、こっちは子供だということは分かっていたはずなのに、飛行機を操縦していた米兵がおもしろ半分で掃射したことが石原少年の逆鱗に触れた。また終戦後、米兵が歩いて来たのをよけずに堂々としていたらその米兵にぶたれた。
 このふたつの体験が、アメリカに対する抜き去りがたい敵意を彼の心に芽生えさせたということで、今日、彼は騒ぎ立てて言う。「アメリカよりは僕たち日本人じゃん、だから日の丸だよ、靖国だよ、特攻隊だよ、都知事だヨ、全員集合!」こうして完全に右寄りになってしまった模様である。
 果たして、都知事という、わりと強大な権限を持つ行政庁を務める一自然人が、こんなドリフコントみたいなキャラでいいんだろうか? これじゃまるで、アメリカ嫌いの子供がそのまま大人になって、しかも権力を有している事態である。危ないよ。そういえばこの人、この民主主義国家で選挙で選ばれている。情けないと思った(幸い国政では相手にされないので一地方自治体のトップに甘んじるほかないのは彼がオトナとして政治家たちに評価されていないことの証明でもあり、その点ではまだ救いはある)。
 石原のアメリカ嫌いとそれを動機とする右傾化は途上国の内戦の理屈でよく言われる、憎しみの連鎖そのものでまさに稚拙というほかない。アメリカがひどいことをしたから、仕返しをしてやりたい。そのためには、総理はもとより、天皇にも靖国神社に参拝させて、「特攻の精神」を盛り上げ、日本国の失地回復のためにふたたび一丸となって玉砕したい、これが究極の公共事業だ、とかなんとか本音では思っているに違いない。要するに彼は、そういうキャラなのである。
 もちろん、華氏911でいみじくもムーアが、イラク戦争に賛成の上院議員に突撃インタビューし、「お宅の息子をイラクにやる気、もちろんありますよね?」と訊いたらみんな無言で去っていったのと同様、石原だって、大好きな息子、お天気おにいさんの良純君を戦争にやるかと訊かれたらどうなのか?
 きっと彼は「どんどん行けばいい」とか言いそうで、逆に恐くなってきた。
 というのも、石原は、文春の談話では、特攻隊員のなにがいいかって、若くて純粋なところ、青春の美しさとかいっている。彼ら特攻隊員は決して天皇のため、国のために死んだんじゃなく、家族やふるさとの美しさのために死んだと石原は考えている(そんなバカな、命令が来て逆らえずに死んだ、その命令を出した仕組み、システム、そのへんの反省はどこへ?)。そんな純粋さを、僕たち日本人は特攻隊員から学んで、取り戻そうよとでもいいたいのだろうが、実際はそうではなくて、冒頭から繰り返すように、アメリカ人に蹂躙された自分のトラウマを何とかしたいだけだ。その証拠に、談話では、自分は戦争翼賛でも、反戦でもないといっている。じゃあなんだといったら、石原チン太郎自身のもつトラウマの治癒以外にありそうな理由は残っていない。
 トラウマってけっこう根が深くその人の人生を左右し続ける。石原は、特攻隊員に飯を作ったある食堂の経営者のおばちゃんに、国民栄誉賞をあげてはどうかと時の宮沢総理に進言したら、一笑に付された。その後の宮沢の挫折についてヤツ(宮沢)には「バチがあたった」などと論評。「バチ」ってあなた。完全に常軌を逸した、変態の言動とでもいうほかない。
 そう、トラウマのせいで変態になるんです、ヒトは。私だってそう。いろんなトラウマがあります。石原もトラウマ。ヒトラーもトラウマ。シリアルキラーもトラウマ。へんな、偏ったエネルギーを発散しているヒトはみーんなトラウマ。
 ものすごいエネルギーです。
 だから、こういう変態が騒ぐ憲法改正、これだけはみんな絶対に反対しようね(ケッまたかと言わないで!)。彼らは憲法なんて見ていやしない。憲法のケの字も知らないし知ろうとしない。何てったって、彼らにとって憲法はだいっ嫌いなアメリカの「押しつけ」だから。
 でも、僕たちにとってのアメリカは、決しておもしろ半分に機銃掃射したり、歩いているからと言って少年を殴ったりするようなヒトじゃない。時代は変わりましたよ。少なくとも筆者の知る個人的アメリカ人は、イーオンのティーチャー、ブライアン……僕はキミを忘れない。ファイルを忘れて取りに行こうとしたら、いいよ、いいよと言ってくれたね。拙い英語で話しても、すごくていねいにネタを拾ってくれたよね。愉快で知的な、リベラルなブライアン。(それだけで)大好き、アメリカ、星条旗万歳。
 そんな大好きなアメリカの作ってくれた憲法なんだもの、大事にしなきゃねって私は思うわけですよ。トラウマ野郎のこども都知事石原さんとは違ってね。
 まともなオトナなら、もう動き出している、いまのこの国のバカげた右傾化に抗うために。
Text by Tetsuya Ichikawa
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あっ!バッカが見るー

 小学校の頃、「あっ!あれ見て!」と友達が指さすほうをあわててみたら「バッカが見るー」と言われたことは、ありませんかね? そんときのむなしさ。人類は、文化芸術作り出すけど、こんなのも作り出すんだなー、なんてね。
 「金スマ」とういTBSのバラエティ番組で、6歳の小児ガンの子供を亡くしたヒトの再現ドラマをやっていたけれども、どうなんでしょうねこういうのは。悲しげな音楽と、深刻なナレーションがかかるVTRをスタジオで観るのは、スマップの中居とか、わけのワカラン安いタレントだとか、あとは頭のなかが空っぽの若い女性ばかり数十人。Vの合間に泣いている様子が挟まれたりしてね。ゲストが泣いている映像を小さく見せるのは、視聴者たるこちら側も、こういうふうに泣けっていう規範のつもりですか、なんだか偉そうだな。でもそれにしてはCMが多すぎてね。それに洗剤やら、クルマやら、金貸しのコマーシャルの合間に、子供がガンで死ぬ姿をネタにして差し出した親というのは、いったいいくらもらってるのやら。神経を疑う。テレビ業界に親戚でもいるのだろうか?
 ヒト(というか究極的には自分)の不幸をこれほど露骨にネタにしていいんだろうかと思ったよ。しかも免許事業たるTV放送において。もちろんCMを見せるためにこういう「ネタ」を放映しているけれど、このネタの部分が近年どんどんえげつなくなっている気がする。
 「あっ」と言って、視聴者の関心をテレビ画面に釘付けにしておいて、サッとコマーシャルを見せる。その「あっ」が、金スマならこうした不幸とか、他人の尋常ならぬ成功と挫折とか、危険とか、恐怖とかであるわけで。これ普段から高視聴率らしいけど、観ている人の日常はよほど退屈なのかな。もちろん私は観ませんが。
 さて、件(くだん)の子供が絶命したあとに、CMが流れると、ホント「バカがみるー」と言われてがっくりした小学校時代をふと思い出した。なーんだ、みたいな。指さす方向にはいつも何もなかった。昔も、いまも。だからテレビのなかでの子供の死も、一瞬にして指さす方向、すなわちもともと何もない=虚無へと追いやられてしまう。「バカ」と一緒に。それがワカランアホなネタ提供者よ、子供もろとも虚無へ去れ。それともそれがあなたなりのとむらいの仕方? だったらいいんだけど。
Text by Tetsuya Ichikawa
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