スタジオジブリのこれまでとこれから

「A Division of Tokumashoten」という文字が最近まで、スタジオジブリの入り口脇に設置された看板に表示されていた。明日、3/31をもって、スタジオジブリが徳間から独立し、完全別会社化するのにともない、すでにこの文字は消されている。
 スタジオジブリはふたりのアニメオタク(鈴木敏夫と宮崎駿)に、道楽好きの徳間のおとっつぁん(康快氏、故人)が金に糸目を付けずに投資し、育て上げた道楽商売のひとつだった。
 たまたま2001年夏に公開した「千と千尋の神隠し」が2千万人を動員する空前のヒットを記録。当時徳間は千億円以上の借金を抱えて倒産寸前で、銀行が見切りをつけ清算を言い渡す寸前だった。
 徳間の借金は、創業者徳間のおとっつぁんの放漫経営(夢実現のためには金に糸目を付けない)によるものだった。貸し込む銀行も銀行だが、不良債権処理のためには経営者に引導を渡すほかない。そこに降ってわいたようにアニメがヒットし、何とか借金の返済に道筋が描けるようになったのだ。
 メインバンクの三井住友銀行から徳間に入った社長が4年でたいへんなリストラをして、余計な部門は全部売り払った。最後に残ったスタジオジブリと出版部門も処分されるときがきた。スタジオジブリは百数十億円也で徳間は新会社「スタジオジブリ」に売却。株式会社スタジオジブリの社長には件(くだん)のアニメオタクのひとり、鈴木敏夫氏が、また監督・宮崎駿氏は役員に就く。
 東京・小金井市のスタジオジブリ建物はシンプル&モダンを基調にしながらも、敷地内には豊かな常緑樹が植えられ、駐車スペースの地面はコンクリートではなく地面が覗くレンガ敷きだ。周囲には関連のスタジオがいくつも建てられており、その建物ひとつひとつがどこかジブリらしさを感じさせる意匠をともなっている。休日には「ジブリファン」らしき若者たちが写真を撮る光景もめずらしくない。住宅地のなかに突如として現れるクリエイティブな夢あふれる建物群が、知る人ぞ知る「中央線の名所」として定着している。
 さてこれからのスタジオジブリだが、果たして宮崎氏のような逸材が育つのだろうか。24時間365日(最近では日曜日だけ休みにしているみたい)明かりの消えることのないスタジオで一心不乱に働くアニメーターたちは確かに厳しい選抜をかいくぐってこのスタジオへ入社したことは間違いない。だがあそこまで働くなかで、自分の志を、夢を、かたちに育ててカリスマとなって次の時代を切り開くのは容易ではない。多くは摩耗して終わる。
 また、スタジオジブリの今後を占うにあたり、筆者が密かに注目するのは、ジブリの建物の真上を通る送電線である。電磁波の人体への影響がグレーである以上は、それがどう影響するのか未知数なのだ。ソフトコンテンツ産業が人材で成り立つ以上、その人材の臓器の中枢、脳に降り注ぐ電磁波のリスクは決して看過できるものではない。すでに白血病で死亡した社員の噂も地域では出ている(もちろん単なる噂、の域を出ていない)。
 しかしそんなことは枝葉であり本筋にはならないだろう。
 先般の宮本麻希さんの話ではないが、やはり宮崎駿、徳間康快といった「金の問題などに拘泥せず自分のやりたいことをやる」勇気ある夢追い人なくしては今日のスタジオジブリというのは存立し得なかった、この事実が私たちを勇気づけるのである。そうした人材が新生ジブリで育つことを願わずにはいられない。
Text by Tetsuya Ichikawa
Alt-fetish.com
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