トリガーとなる体験

 フロイトはエネルギーの総和は同じという。欲望も、物理の質量保存の法則と同じように、抑え込んでかたちを変えてみても、必ずなにかのきっかけで爆発して、元通りの量になるというのである(もちろん諸説あるし科学的にどうこうというレベルの話ではない)。
 これは空気も水も同じ重さという物理の常識を欲望に当てはめた面白い着眼点である。欲望のエネルギーをフロイトはリビドーと呼んだ。外観上何らリビドーがなさそうに見える人でも、人知れずリビドーを爆発させているに違いないのである。最近でも、リビドー爆発で議員の職を辞したアホがいた。
 物理法則からフロイトが導き出したリビドー保存の法則を知っているならば、あらかじめリビドー爆発をコントロールして、穏やかな日常を送ることができるはずだ。
 たとえば筆者はラバーフェティシストだから、リビドーはラバーに向かう。そしてラバーによって解放される。ラバーがないと次第に鬱屈してきて圧が高まる。その圧を逃すためにはラバーを着なければならない。
 圧が一気に高まってしまう困ったビジュアルというのがある。それが昨日紹介した仮面ライダーの、あの黒くてテカテカ光る、筋骨隆々の太股にピッタリと貼り付く素材のビジュアルであり、chikaさんのブログのこの写真だったりする。暗がりに浮かび上がるビザール素材に包まれた足とケツの割れ目。非常にリビドーを刺激する。
 そうしたわけで、私は昨日、我慢ができなくなってラバーの、例のマスクもグローブもソックスも付いた一体型を着込んでみた。リビドーを逃して解放するためである。
 昨日はスポーツのトレーニングのように、あらかじめシナリオを立ててやることにした。欲望に流されるままだと前回の時みたいにラバーの下で射精したのがかぶれを引き起こしてブルーになる事態に至ったりして、ろくなことがない。chika+仮面ライダーというきっかけを得た私は、冷静に、それでいてある程度リビドーの波に身を任せながら、うまいこと済ますことができた。うまいことといっても、バックファスナーのキャットスーツはスライダーに針金を通して引っ張るなどおよそ「リビドーの解放」とはほど遠い所作が必要となる点は注意が必要だ。そのあいだにけっこう萎えるのである。
 さらに、当初、chikaさんが前にブログで書いていたことがあったのだけれども、ラバーマスクの上から精液を塗りたくるというのだけはシナリオ通りにはできなかった。自分の精液というのは、もう出てしまったあとはどうにも忌避したくなるばかりで全然ダメだ。やはりchikaさんがいうとおり他人のでないと。
 トリガーとなる体験は、ウェブ上で見る画像以外にも日常で出会うことも多い。筆者がもっともよく覚えているのは、高校時代に、まだこの手のフェチだと自覚があるかないかの頃、レザーのミニスカートをはいたお姉ちゃんが、運転する彼氏にしがみついているバイクの光景だ。レザーのスカートに包まれたケツは密着してかたちが浮き出ており、中空に突き出していた。それが太陽光で反射してまばゆいばかりに光っていたのである。そのビジュアルは、本当に目の前を通り過ぎる一瞬だったにもかかわらず、十年以上たったいまもってなお、鮮烈に思い出すことができる。その日、大急ぎで家に帰って、「リビドーの解放」にいそしんだのはいうまでもない。そしてそのビジュアルは、その時のトリガーとしての役割にとどまらず、私のフェティシズムの根幹をかたちづくる非常に重要な要素にもなっている。
 何が人をフェチにするのかは分からないけれども、少なくとも私たちは同じフェティシズムを共有しているようだ。仮面ライダーについて触れた昨日のブログに思いがけず付いたコメントから私はその思いをいっそう強くした。
Text by Tetsuya Ichikawa
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