作為としての無視と放置と沈黙

行動分析学によると行動とは端的に言って、「死人には出来ないこと」である。

となると、無視「する」、放置「する」、沈黙「する」ことは死人には出来ない。なぜなら、これらの状態はいずれも、起点と終点がある。死人はある一瞬を切り取れば、人を放置し無視し、黙っては、いる。しかし、依頼されてそうすることはもはや出来ない。

オルタフェティッシュでは、長年、ラバーをはじめて着た客と相対し、わたしが「で?(このあとどうします?)」問題というのがあった。

当然、店なので、「買いますか?買わないですか?買わないなら、脱いでね」というのが言外には含まれていた。「で?」というのはそういう意思決定を促す言葉である。

しかし、近年、あまりにもそれでは味気ないし、それだと機械だって出来ることなので、「ケア」的なプロセスを取り入れるようになった。店長は。わたしは。

そうは言っても、いろいろな大人の事情もそうだし、お客だって正確に自分がやってもらいたいことを言語化できるとも限らない。何かをして欲しい、というふうに正確に、客がわたしに伝えることは、想像以上にむずかしいことは、すぐに分かった。

今日、ある激しいリピーターさんに、いつも通り、「このラバーマスク、目はふさがっているんですが、口は開いていますよ。口は性感帯でもあるだろうから、このマスクなら…得がたい体験も視野です。いかがですか、かぶってみますか?!」と長講釈を垂れていたところ、「その店長の説明無しで、いきなり黙ってそれかぶらされたら最高じゃね?!」といわれ、ガツンときた。

これだ…! 長年わたしが客が、求めていたのは、これだったんだ…!つまり――

「店長、ミュート」

わたしが黙って、客を、自分では解けない状態に持っていって、無視したり放置したり、気まぐれにいじったりするだけ。そのことこそが、客が求めていたことだった。

まあ、客が積極的に求めているのは、じつは、客によって収拾がつかないほどに細分化されたフェチ欲求に応じたそれぞれの何か、だろうけど、それはもう永遠に分かりませんと、フロイトもラカンもゆっているんで、それはもう諦めたほうがいいし、考えないほうがいい。それよりむしろ、わたしのこの長たらしいクソしゃべりがない、それだけのことで、もうぜんぜんすべてが違う。

客のニーズかどうかは分からんが、少なくとも、マイナスでは、無くなるはずだ。

幸いうちの店に来るのは、「自分が身動きできない隷属状態に置かれ、予期できない責め苦を受ける希望」者が多い。ただとはいえ、SMではないので、痛い暑い臭い苦しいは勘弁して欲しい(こっちだってやりたくはない)。

でー、放置。無視。積極的な、無視と放置。

まあ、スパイス的に途中で、首輪を壁の金具にチェーンでつないだり、檻に入れてみたりはするかも知らんが、とにかく基本、黙って、「矯正」させられる。

矯正というのは、調教や、攻めと異なり、よくないことを正すという意味がある。ちょっと道徳的な?哲学的な意味合いが含まれると言えなくもない。

風俗店や、マッサージ店のような直接的な接触、施術を行いうる場所ではないので、うちは、ラバー屋は。矯正くらいがいちばんいい。そして、矯正の手段は、オルタフェティッシュでは、今日、「矯正官が黙って、ひたすら黙って無視し、放置する」ことで、自発的な被験者の矯正をうながすことに、きまったとさ。

  • 黙って、脱いでいただく
  • 指示に従って、ラバーを着付けられる
  • ベルト類を装着される
  • 壁や檻の中に固定される(たまに気まぐれに気づかれるがまたすぐ放置される)
  • ダブルレイヤーでラバー着せられる
  • 拘束服(ラバー製)を付けられて、ベッドに転がされ放置される(たまに気まぐれに気づかれるがまたすぐ放置される)
  • 1時間以上放置されたあとは、今度は拘束椅子にギチギチに拘束される(たまに気まぐれに気づかれるがまたすぐ放置される)
  • 再び放置される。

途中でわめこうが、暴れようが、矯正官は一貫して無視する(ただしSOSボタンまたは事前の経過時間到達を除きます)。

冒頭強調したとおり、「黙っていること」=作為である(死人に口なし、しゃべることはもとより、無視も出来ない)。「人に無視されること」は、人間にとってはいちばんキツイ精神的な「責め苦」と言えそうだ。

店としてはこんなに楽な仕事もないようにもしかして見えるかも知れんが全くの誤解だ。無視することは、無視をはじめるタイミング、終えるタイミング、後片付け、客の心身状態のモニター、とにかくケア労働で満載だ。本当に無視しっぱなしではそれはサービスでも何でもない、ただの「欠勤」であり場合によってはそれこそ「死人」だ。

今日、私たち人類は、「沈黙」というものが諸価値から価値になった。

次回以降。「無視と放置」プランで、とヒトコト言ってくれれば、上記の通りのことになります(わたし黙ります)。