純粋な恋愛関係におけるラバーセックスの体験記

 「進化し続けるための記録~セックスありき どうせなら気持ちよくなりましょ」★1というブログがある。2006年3月にはじまっていて、この原稿を書いている同年7月現在も頻繁に更新されている。書いているのはなんこさん(女性)、かぼすさん(男性)のカップル。ブログのコンセプトは「私と彼との記録であると共に、ごくごく普通の人間が性を深く真剣に考えても何らおかしいことではないことをお伝えしたいのです。」(なんこさん)。30歳前後の二人が記す、性の話題は非常に赤裸々ではあるものの、軽く、いい加減に書かれている印象はない。セックスは確かに気持ちよく、理性を超えた領域でのコミュニケーションである。しかし、なんこさんとかぼすさんは、性を考えるにあたりブログという場を得て、理性で自分たちの性を振り返る契機をあえて設定。まじめにあのときはどうだった、今度はどうしたい、といったことを書いている。このブログは、現代日本人の性を取り巻く状況の一端を、ティピカルに象徴する、優れた性の実践論考になっている。
 この小文では、このブログを素材に、日本がこれからどんどんジェンダーフリー化して、女性の力が大きくなっていくのではないか、という仮説(というか、願望)を述べてみたい。
 この7月。彼氏のかぼすさんが、SALOのラバーキャットスーツ★2をなんこさんに着せて行った二人の性体験の記録が、このブログに掲載された。
 ラバーフェティシズムが人間の性快楽に密接に結びついており、快感を高めるのは私たちなら実感を持って知っている。だが、二人はもともとラバーフェティシストではない。そうした二人が、ある種実験的にラバーコスチュームを着て、セックスをし、その経験を語っているのである。なんこさんは、その体験を通じて、ある貴重な発見をすることになった。
 ラバーキャットスーツを着たなんこさんは、うまれてはじめてみるその自分の異形に激しく興奮し、かぼすさんと交わっているにもかかわらずセックスというよりも自慰として絶頂に達してしまうのである。
 ところで、いまWeb2.0という、インターネット上の大革命のまっただ中に、この日本はある(ブログは英語より日本語で書かれたもののほうがわずかに多いという)。個人が、かつてでは考えられなかったような安いコスト負担で、あらゆる人を対象に自分の意見表明ができるようになっている。日本国憲法が保障する表現の自由は、自分の考えや意見を表明することにより、個人が正しいメディアリテラシーを身につけられるように、との企図があった。その憲法の精神が、いままさにブログという革命的テクノロジーでいかんなく発揮されようとしている。そうした意味で、いま日本人は、少なくともブログをやっている日本人は、憲法が保障する民主政治の担い手として成熟したこの情報民主主義の新しいステージに立っているのだ。
 それでは、そうした素晴らしい情報民主主義の最前列に座って、なんこさんがどのようにラバーを着て興奮し、それでどんな発見がふたりにはあったのかをみてみることにしよう。少なくともWeb1.0時代では、こうした個人的な体験が広く知られる、ということはあり得なかった。私たちもこれを読む以上は、なんこさんが記したとおり、性を深く真剣に考える契機としなければならないのは厳に認ずるべきだろう。本人の許諾を得て引用させていただいている。中略有り。
 はじめに、なんこさんがSALOのキャットスーツを着たのは、7月18日だった。「キャットスーツ、着ました~(≧∀≦)。裸にゃ自信全くないですがこれを着た私は自分で「かっこいい(゜ロ゜;)!」と連発しておりました(笑)」女スパイみたいでしょw」
 はじめて着たなんこさんは、ビザールな変態臭さよりも、むしろかっこいいと自分でポジティブに評価している。ハリウッド映画などで、このスーツが変態の象徴としてではなく、ヒーローの象徴として描かれるようになって久しいことも影響するだろう。それに、男が着るよりも、女が着たほうが変態性は薄れる。キャットスーツは、黒猫ということである。多分に女性っぽいアイテムだ。なんこさんは同じ日に、着た感想として、「キャットスーツはファスナー以外、全てラバーなんですべりが非常に悪く、またすご~くキツいので着方があります。」とか、「皮膚呼吸が出来なくなるので結構苦しいんです。その閉塞感を楽しむのもラバーフェチの魅力だとか息苦しくなった私はファスナー少し下げてしばしの解放感を」といったことも書いている。
 私たちラバーキャリアにしてみれば、当たり前のことばかりだが、こうしてはじめて体験する女性に書かれると、じつに初々しく、何となく先輩風を吹かせたくなってしまい、妙にうれしい気がする。
 7月20日。彼氏のかぼすさんが書いている。「いやぁ~すっかりラバーの魅力の虜ですよぉ♪ ラバーの光沢が非常になんともたまらんのです♪ もっと言えば、ラバースーツをまとったなんこを自分の白濁液で汚したい、とすら思っています。なんこがラバースーツを着ることで、『なんこ』ではない『なにか』に変わることがたまらないんですよねぇ~。」
 まだ実際、着たままプレイしたわけではない彼は、のちに訪れる恐るべき発見があることを知らず、脳天気なまでに書いている。ところで人はラバースーツを前に、2種類に分けられる。Sか、Mかである。かぼすさんはまちがいなくSではなかろうか? 「汚したい」だなんて……。ちなみに筆者はMなので、間違っても女性にそんなことをしてしまいたくはない。むしろ女性に汚されたいがまあそれはここでは深入りしない。ここでポイントが出てきた。ラバースーツが、なんこさんを、なんこさんではない「何ものか」に変えてしまう効果、である。ラバースーツを着ると、身体の全部がまったく違うものに包まれていながら、身体のラインはピッチリ浮き出て、しかも動くので、まるで動く物に見えてしまう。人格がなくなってしまう。このことが、後に分かるが、なんこさんをラバースーツのとりこにする。
 7月22日。運命の日がやってきた。ふたりは、ラバースーツとグローブを携えて、ホテルに入る。ラバー姿のなんこさんはこの日、豹変した。かぼすさんの側から、当日なんこさんがどうなったかをみてみたい。
「甘く見てました。まず、なんこと合流。実はこの時から『今日のなんこはなんか違うなぁ』と思ってました。ホテルに入り、おやつもそこそこに早速ラバースーツを着始めました。ラバピカ(潤滑剤&光沢剤)を塗ってやっとの思いで装着完了。この時です。なんこの目がいつもと全然違うんです。虚ろなんだけど、見開いているというか…。正直、すこし怖かったです。んで、パシャパシャと撮影。なかなかよいのが撮れました♪ (画像は後ほど、なんこがアップしますm(_ _)m) 例のごとく、バックショットを撮っていたら…。★3
 なんこは腰をくねくねさせはじめるじゃないですかぁ♪ かすかなあえぎ声も聞こえてきました♪ そして姫部のジッパーを空けると…、ドロっとしたたり落ちるなんこの体液…。たまらずむしゃぶりつきました(〃∇〃) このツルツル、てかてかの姫部を撮らねば! と口を離した隙に、なんと…、なんこがオナニーをし始めちゃったんです(〃∇〃) 肌色の姫部に黒い指が出たり入ったり…。バイブやローターを出し入れしてるのと訳が違います。その淫靡さ、迫力たるや…。すごく感じてしまっていたみたいです。俺もそれを見て今までにないくらい興奮してました。気が付くと、自分自身をしごきながら黒い指の出し入れされる様を食い入るように見てました…。もうたまらなくなってしまった俺は、そのまま挿入。
 アッと言う間でした。…ん~。終わった後も、なにやらお互い釈然としない。『ホントにSEXした???』とお互い思いました。多分あれは『お互いの性器を使ったオナニー』にすぎないでしょう。なんこがラバースーツを着てオナニーしている辺りまでがよいラインだったのかもしれません。しかし、その後のSEXは今までで一番満たされないSEXでした。少しも癒されませんでした。少なくとも俺にとっては…」
 興奮のるつぼと化したふたり。しかし終わってみて、残ったのは虚しさだけだった。二人の恋愛関係において、ラバースーツが第三者のように介在し、本来かぼすさんへと向かうはずのなんこさんの興奮が、ラバーの方に向いてしまった。そのため、当然のことながらかぼすさんは恋愛感情の成就から得られる本来的満足感をこのセックスから受けることができず、虚しく終わったのだ。
 ただ、私はラバーサプライヤーとして、なんこさんはもとより、かぼすさんもかなり興奮したことだけは強調したい。お互いのSとかMの立場、恋愛感情、こうした物をすっ飛ばして、ラバースーツが今回二人のセックスにおいて果たした性的な有効性。私はこの発見こそ、ラバーフェティシズム研究における重要なエポックメーキングになると思っている。ラバースーツは男女を問わず、まさに人間を変えてしまうのだ。人間を獣にしてしまう。人獣に。そのことは、なんこさんの側から記された初めてのラバー結合の感想からもうかがい知ることができる。次は、同じ日のなんこさんのポスト。
「今日はラバースーツをマスク以外完全に装備してみました。グローブとブーツ(ラバーブーツはまだないので普段のを代用)まで身に纏い、頭以外を密閉。彼はとても興奮し、私はラバーを着ただけで
すっかり濡れていました。光沢剤で艶を得た私の姿を画像に閉じ込めているうちに、私を唯一覗かせられるファスナーを開けて、彼はラバーからはみ出した性器にむしゃぶりつきました。
 私も指先までラバーに包んだ手で、気がつくとオナニーしていました。指を入れ、彼を挑発するかのように。思いのほか、濡れていましたが、ラバー越しの感触は単に「私から漏れた液体」のようで、愛液でも体液でもなく、不思議な感覚でした。彼は自身を私に舐めさせしばし二人でオナニーしあい…彼は私に入れて来ました。肌が触れ合うのは性器と顔だけ。異様な感覚で私は陶酔していました。」
 やはりなんこさんも猛烈に興奮してしまっている。しかし終わったあと、二人はこれまでに感じたことのない、虚無感に襲われた。その虚無感はただのそれではない。もっと深い背景があった。それが明らかになるのは、なんこさん本人がこれまた記した、次の日のポスト。なんこさんが回想する。
「ラバー装備でのセックス…終わった後、彼は私を遠くに感じると言った。私も同じような感覚だった。「やきもちかもしれない…」ラバースーツに私を取られたような気持ちを抱いたそうだ。終わった後の彼からこぼれる言葉を聞きながら、私は自分の感じたことをようやく整理できるようになる。
 彼が寂しげに私を遠く感じていることを聞いて、心の中で“にやり”と笑う私が居た。私ではない私を味わった彼が、いつもの私を強く欲している気がして。離れていくように見えた私を追いかけてくれる気がして。私は彼を追いかけているほうだと感じていたからだ。仕事でも圧倒的に彼のほうが忙しく、ほぼ彼の都合に合わせてしか会えず。それでも必ず会いにきてくれることへの感謝で、不満に変わりそうな気持ちを相殺してきた。
 そう。ラバースーツに完全に自分を閉じ込めることで、私は自分の気持ちを具現化出来たのかもしれない。本当は寂しくて会いたくて無理して強がる自分をさらに閉じ込め、完全にシャットアウトさせる。完全に私だけの世界。彼の手の届かない私になるために…。欲しくて欲しくてたまらない私を閉じ込めてやったのだ。なんと嫌な自分が居たものだ…。ラバーを着た私は私に酔い痴れる。コンプレックスも感じなくなる。彼が興奮してしまえばいい。彼が彼でなくてただの男になってしまえ、そうしてもう一度私を手に入れたくなればいい。そんなどす黒い感情が私の中にあり、「あたしを汚して」───彼の射精によってラバーの皮膚を汚されたことで、彼を大きく飲み込まんとする私の世界は完成した。
 完全に自分の世界。オナニーならいくらでもしたくなる。つながっても、彼は性器でしか私を感じられない。ラバースーツを装着しての結合は、セックスとは思えなかったのだが、不思議とすぐには寂しさがわいてこなかった。かといって、満たされた訳でもなく、それでも彼が本当の私にもう一度恋い焦がれてくれる気がしていた。もう一人の私はひどく彼に意地悪をしたいようだ。」
 ラバースーツという触媒を得て、なんこさんのしたたかな才覚が目覚めてしまった。基本的になんこさんは、ラバースーツを着た今回の交わりは「セックスではない」と言い切ってしまっている。当然恋愛感情がある関係があってこそのそれだったが、残念ながら恋愛感情を純粋に昇華できるものではない。「ラバーを着た私は私に酔い痴れる」「オナニーならいくらでもしたくなる」 それは、セックスではなく、ラバースーツが与えてくれた性感興奮作用による、単なるオナニーなのである。しかし、彼の前でラバーオナニーをすることに、なんこさんはある一つの効果を見つけた。それは、ラバースーツを脱いだなんこさんを、彼がより求めるようになる、ということである。彼は前述したとおり、確かにラバースーツを着たなんこさんとのセックスを、「もっとも満足度の低い」ものとしていた。ラバースーツを着たなんこさんと交わったあと、「彼は私を遠くに感じる」と言ったという。これらの発言はすべて、お互いに、セックスするという面においては、ラバースーツはないほうがよい、ということを意味する。そして、あくまで私の想像の域を出ないが、新しい発見として、スーツを着て、いったん虚しさを味わいつつ、あらためてスーツを脱いで交われば、最初からスーツを着ないでしたよりもむしろ強力なメークラブが実現しうる可能性が見えた。ラバースーツが恋愛関係にあるふたりにおいて、あたかもテコのような役割を果たすことをなんこさんは見つけた。まさに、人類における大きな前進ではなかろうか?
 さて次に、なんこさんがラバーを着て得た、もう一つの側面、「ラバーを着た私は私に酔い痴れる」「オナニーならいくらでもしたくなる」つまりオナニーの道具として有効だという部分に焦点を当ててみたい。なんこさんは、ラバーを着て交わった日の次の日、こう書いている。ラバーを着て交わった次の日、7月23日。「ラバースーツに身を包み、煙草を片手に、自信のない、コンプレックスがありありの身体もラバーで完全になれる。私は自分に欲情した」「指先まですべてラバーで包み込むグローブで、オナニーしました」 そして次の日。7月24日。「ファスナーをあげたら液体にまみれていました」
 ラバースーツで性的興奮を得るのは、どうしても男だけではないか、と私にはそういう思い込みがずっとある。しかしこれを読む限り、女の人も、単にスーツを着ただけで、興奮を来すことが分かる。もちろんその興奮の仕組みや動機は男女で違うのかもしれないけれども、ALT-FETISH.comに最近増えている女性の方からの注文などとあわせて鑑みるに、ラバースーツのせいで、女性の性になにか大きな変化が起こりつつあるんじゃないか、と勝手に想像している。それは、ラバーという武器を手にして、恋の主導権を女性たちが握るようになっているという点である。
 世の女性たちが、ラバースーツ姿の自分に興奮してどんどんどん欲に性を追求していったら多分たいへんな社会的変革につながるんじゃないかと思っている。おそらく、保守的政治家や国が躍起になってたたきつぶそうとしている「ジェンダーフリー」という現象が、加速するだろう。ジェンダーフリーとは、性役割からの自由という意味である。これが進めば、男が家事、男の専業主夫、女の社長、女の政治家、どんどん増える。サラリーマンの多くが女性になり、男が家で掃除、洗濯、育児をするようになる(かぼすさんがそうなる、とは一切言っていない)。私はM気質なので、そうやってラバー姿の女性たちに身も心も尽くしてみたい、そう思っているだけなのかもしれないが、何となく世の学者や、フェミニズム論者も、同じようなものをもっているのではなかろうか?
 ラバーキャットスーツは、男社会に立ち向かう女戦士の戦闘服だ。ALT-FETISH.comはこれからも、ラバーキャットスーツを武器にして、付き合っている男との関係はもとより、この男社会、男優先の古い伝統や陳腐化した秩序を破壊し自分たちが主導権を握るべく、男をコントロールしようと挑戦する新しい女性たちの戦いに、参画して行く所存である。
 お二人からは、ラバー体験についての取材の許諾を得ている。近く、取材し、結果をみなさまに報告したい。(C)ALT-FETISH.com
★1 http://blog.livedoor.jp/ishtar_hystera/
★2 http://blog.livedoor.jp/ishtar_hystera/archives/50597308.html
★3 http://blog.livedoor.jp/ishtar_hystera/archives/2006-07.html?p=3
★お知らせ
MARQUIS No.38発売中ですが誰も買ってくれません。どうして?通常と同様、超ハイクォリティな写真満載なんですが……。
http://www.alt-fetish.com/mag/1481/1481.htm
市川哲也
ALT-FETISH.com
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「純粋な恋愛関係におけるラバーセックスの体験記」への2件のフィードバック

  1. いつも拝読しております。
    今回の記事は大変興味深く、改めてフェティッシュを考える上での良い事例ではないかと思いました。

  2. こちらでこのようにとりあげて戴き、ありがとうございます。フェティシズムに限ったブログではありませんが、今後もアップしていきますのでよろしくお願い致します!

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