M・ムーアのボーリング・フォー・コロンバインを観る

 アメリカはとんでもない金持ちが貧乏人を徹底的に搾取する、イカれた国だっていうことがあらためて追認できた。日本もはじまっている経済格差。しかしアメリカは日本の比じゃない。猛烈でえげつない(この映画では銃推進派の金持ちぶりと、銃の被害者となる貧困層の対比などがえぐく描かれる)。ここんところドキュメンタリー映画が話題だが、この作品をはじめ、同監督の華氏911や、スーパーサイズミー(マックを30日間食い続ける)などおもしろいドキュメンタリーが続けて登場していることが人々のドキュメントへの関心に火をつけている。映画ビジネスが見つけた新しい市場、ドキュメンタリー。なんといってもそれがおもしろいということが重要だ。人々の好奇心を刺激し、しばし日常を忘れさせてくれるエンタテインメント産業らしく、仮にドキュメンタリーであったとしても、貧乏対金持ちという伝統的な対立の構図をネタに使った点ではハリウッドのSFX超大作物と変わりない。何か現実の事象(もちろん架空の事象でもよい)に、「差」を見つけだす(作り出す)。そしてその差が相互に利害相反していることにする。バチバチと火花。あとは誰が撮っても同じといっていいくらいおもしろい作品に仕上がりそうだ。
 さてこの日本ではどのような「差」がネタに使えそうかしら。たとえば───。
 日本道路公団の歴代総裁と、国民とのあいだの、「公金」に対する考え方の「差」。このまえのNHKスペシャルでは歴代総裁が、不採算道路を造って積み重なった借金についてどう思うかとインタビューされこう答えていたのが「おもしろかった」。ある総裁は「国からとにかく作れといわれる。我々の仕事は、後世に残る事業を成し遂げること」「採算など考える余地はなかった」。作れといったのは建設省とか、政治家である。もちろんそういう奴らをそういう方向へ持っていくのは地方の土建屋とかゼネコンだ。NHKは土建屋はもちろん、土建屋に使われる現場の労働者の方々まではカメラで追っていない。そこまで追えば一級のエンターテインメントに仕上がろう。
 ほかに思い浮かぶのは、人名漢字で最近流行の「斗」という漢字を子どもの名前に「平気で」つける親の平均年収と、そういう流行の字はあえて使わない親の平均年収の「差」。最近栃木で、同居人の無職の男に殺された「塗装工」の子どもの一人は一斗ちゃんと、確かいった。「斗」という字が使われていることに注意。名付けた親は「塗装工」○○さんというふうに報じられている。「上場企業社員」「会社役員」「公務員」「大学教授」「医師」などではなく、「塗装工」である。その被害児童の親も、「無職」と報じられている加害者も、元は暴走族であったということも報じられていた。M・ムーアなら、おそらく被害児童の親を雇用していた建設会社の役員や、彼が実際に塗った場所を取材するだろう。また、暴走族へ乗り物を供給する自動車メーカーのCEO、整備工場の社長、彼らが走る「公道」を作るのに直接関与したキャリア官僚もインタビューしたに違いない。無職とされる犯人の親の存否やその職業も調べて、雇用者のインタビューや所得を推測させる映像(家とか)を流しただろう。
 映画・ボーリング・フォー・コロンバインでは、6歳の黒人少年が6歳の白人の女の子を射殺したときに、30分以内に全米のマスメディアの取材チームがそろったという。もちろん、この田舎町に、これほどのマスコミが集まったことは過去にない。集まった報道陣の一人、あるキャスターが写されていた。リポートする前後に髪型を気にしたり、取材チームの手際の悪さに不平をこぼすなどのようすがリアルに写る。白人男性リポーターが着ている、高そうなコート、育ちのよさそうな顔立ちや仕草、そういうのが何ともいえずリアルでいい。むしろ筆者にはリアルすぎて痛みすら感じる。というのも、マスコミに正社員として入社し、リポーターの仕事をするにはたいへんな競争を勝ち抜かねばならぬことを身をもって知っているからだ(シュウカツの「敗者」だからね)。
 ちなみに、映画では加害児童の親は黒人で貧しく(ちなみに地域全体もGMの撤退で貧しかった)、元武器製造企業の福祉プログラムで、とんでもない遠距離通勤を事実上強いられていた実態を、当該作品で、監督は調べあげている。別に、だからその子供が白人の女の子を銃殺したとかは言わないけれど、とにかく事実として加害児童の親の貧困と長時間労働は、「存在」する。
 きっと日本の栃木で先日起こった、幼い兄弟が殺された殺人事件でもにたようなことが言えそうだ。リポーターはアメリカのそれと同じで忙しくて金持ちで勝ち組。被害者のことなんて何とも思っていない。とにかく彼らの目的は悲惨さや恐怖を強調するのみ。それで視聴者が一分でも長い間自局のチャンネルに合わせて、スポンサーのCMを見てくれることを願うのみ。なぜ、殺された兄弟が、高額所得者の子ではなく、元暴走族の親の子供であったか。殺した犯人のキャリアはどうだったか。男の子の名前で人気のある漢字「斗」を、自分の子どもにつける親とはどういう人たちなのかまで思いを巡らしたりは、絶対にしない。そういうことは民放視聴者からは求められていない。普通の視点じゃないからだと思う。そもそもそんなこと調べる時間はあり得ない。筆者の知人が勤める放送局正社員の平均睡眠時間は4時間である。そんな「無駄」なことをしていたら、自分の命を削ることになる。
 そういうわけで栃木の事件で民放が伝えたのは、親は「塗装工」、犯人は「無職」で「キレ易い」。キレやすいというのは、犯人が犯行前に立ち寄ったガソリンスタンドの店員が、マスコミの取材でそのように言っていたから。無職の殺人犯が「キレやすい」というとあたかも当然のように写るが、実際にキレるのはもっと別の種類の人であると筆者は認識している。私が知っている「キレる」人とは、たとえば私がたまたま学生時代にアルバイト先のTBS(東京放送という民放キー局)で目にしたプロデューサーとかディレクター、早稲田大学の西洋社会思想史の教授、OB訪問でお話を伺った電通という大手広告代理店の社員たちのほうである。こうした人たちのほうが「塗装工」とか「無職」よりも、よっぽど「キレやすい」ということは筆者が経験的に知る事実だ(残念ながら塗装工や無職の人がキレたという話を、筆者の身の回りでは聞いたことがないだけのこと。というか、そういう職業の人のうち何パーセントが切れるかどうかを比較したというデータを筆者は知りませんから)。
 「差」はまだある。身近に。この間、尋常ならぬその「差」についドキドキしてしまったのは、立川の北口、国道16号線を、五日市街道を背に駅へ向かう途中に、道沿いに数多く目にすることができる「スラム化した」商店街の廃墟の数々だ。普通商店街といえば、平日の夕方には買い物する奥さんがたで賑わうというイメージだった。しかしこの筆者のイメージは完全に誤りだった。シャッターは軒並み閉ざされ、落書きされ、アーケードは照明がつかずむしろ暗さを強調していた。そのホーンテッドマンション街を通り過ぎて駅に近づくにつれて、ビッグカメラや伊勢丹などの巨大な建物が大勢の人を吸い込んでいた。寂れた商店街と、ビッグカメラや伊勢丹など巨大小売店舗の建物の規模の差には、変にワクワクさせるものがあった。
 この閉店した商店街の店主を親に持つ子供は、今頃何をしているんだろう。ビックカメラの店員?それとも……。日本ではおなじみの光景である「シャッターが降りたままの商店街」、その子供たちに焦点を合わせたドキュメンタリー映画「閉店後」、きっと作ったら面白そうだ。
 最後に、こんな「差」も。地方自治体(公共団体)貧乏ワーストコンテストではつねに上位ランクでおなじみ「東京都小金井市」と、そのとなり、税収が芦屋市に並んでトップクラスの「東京都武蔵野市」。両市にある公園、それも平日昼間を観察してみよう。遊具といい、来ている「奥様方」といい、その奥様方の公園までの交通手段といい、未来のドキュメンタリー映画監督なら思わず小躍りしたくなるような胸躍る「差」がうようよ、いっぱいだ。
 この日本でも、まだまだ掘り下げれば刺激的な「差」というのは埋もれている。というか、これからもっともっと増えてくるはずだ。なんたって日本は、アメリカのことが大好きだからね。奇妙なことに戦争で負けて以来の、熱々の仲だってことは世界中のみんなが知っている。
 そんな日本のドキュメンタリー映画監督志望者にとっては当面、ネタに困ることはなさそうだ。筆者だって例外ではない。M・ムーアのドキュメンタリーをみたあとに、監督を志さないヤツがいたとしたら頭がおかしいとしか言うほかない。
 ムーアが、デブでだらしない格好を取材スタイルとして貫いていたのなら、筆者はもちろん全身ラバーがスタイル。ラバーコスをキメてスター・マップ(大金持ちの有名人の家の場所だけが掲載された地図のこと)片手に、いざピン・ポーン!
 最初のターゲットは、楽○の三○谷、おまえだ! 楽○に出店している数多くの埋もれてしまった「出店者」の人たちや、ネット商店のあおりでつぶれたリアル商店街の人たち、猛烈な管理主義の社内でノルマに追われて過ごす楽○社員ならびにその家族の、たまに野球観戦などにも行くそのつつましやかな暮らしぶりと、ゴルフ三昧のおまえの暮らし、その家、そのレジャー、そのクルマ、その食っているもの、全部全部、一切合切のその「差」を、くらべてやります。(野球ネタで)タダで宣伝しやがってからに……。
Text by Tetsuya Ichikawa
Alt-fetish.com

「M・ムーアのボーリング・フォー・コロンバインを観る」への2件のフィードバック

  1. マイケルムーアのドキュメンタリーは公平じゃないとかプロパガンダとかいうけど、だって左のプロパガンダなんだからあたりまえじゃんねえ。ただし不公平でも情報は全て真実。何人も専門家を雇って、事実検証を細かく行うらしい。
    マイケルムーアは、権力に矛先を向けてるようだが、そこの部分はプロパガンダとして、で実はメディア批判を、みたいなのをインタビューで言っていた。
    マイケルムーア、テレビでのインタビューなんかを見ると、とにかく頭の切れの良さにびっくりする。特に極右メディアのFOXニュースで討論してるときなんか、相手を完全にやりこめてた。21世紀のヒーローは、スーパーマンでもジェームスディーンでもなく、ミシガン出身のデブオタク。まさに新世紀感はいっぱい。

  2. 華氏911観てきましたよ。
    面白い。1800円払う価値あり。特に最初の15分くらいが素晴らしかった。
    勢いあまってパンフも買ってしまったのだけど、そこにカンヌの審査委員長であるタランティーノが「政治的な云々抜きにして、映画として面白いから、君にパルムドールをあげるんだ」と言っていた。その通り。
    思うのだけど、ポスト911を生きる我々に、もはやフィクションは無力なのではないか?少なくとも私は、ドキュメンタリー以外の映画にハマることはなかなか難しいだろう。
    と、いいつつアフターダークもちゃんとアマゾンで買ってしまったんだな。うん、悪くなかった。
    つまり、市川さんのいうとおり、「よかった。春樹節健在。」というのを確かめるのが春樹の新作を読む動機なのだと気づいた。やれやれ、それじゃ水戸黄門と同じじゃないか。

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