とんでもない世界

筆者は最近、歌人だった亡き父の遺歌集を出版する経験を持った。出版とか本のことが分かるから母親がやっているのにあれこれ口を差し挟んだ。
 無事に期日通り、素晴らしい本ができあがってきた。そしてその2週間後、請求書が送り届けられてきた。私たちが頼んだ、自費出版を専門に受けている出版社の版元からである。
 その出版社の社長は、前々から母と私に、金額のことはどうか心配しないで欲しいと繰り返してきた。見積もりを出してくださいと私がいっても、「心配しないで」の一点張りである。
 私としては、紙も普及している割安な紙を使い、コスト削減努力を少しでも働かせたかった。出版社で資材とか制作を担当していただけになおさらである。
 しかしそうした私の要望は、すべて「心配しないでお任せください」の一言によってかき消されてきた。
 そして出てきた見積もり。本のクォリティ(使っている紙の値段とか)からすれば割高ではないが、安くもない。
 というか、もっと安く作る方法はいくらでもあったのになんでこんな高い紙、高い製本方法でつくるわけ?勝手に。なにがお任せくださいだって感じ。
 素晴らしい本が、期日通りできて母もすごい感動していて、金額についても納得している様子だった。しかし筆者としては、見積もりを出さずにどんと140万円もの請求書を送りつけてくるのに驚いてあきれてしまった。
 私のコスト削減努力は結局のところ「お父さんが悲しむ」みたいなワケのワカラン理由ですべてボツになって、すごい高いいい紙を使い、手間のかかる製本方法で作られた(筆者はこだわりだとか、死んだ人のために、とかいうことで金を投じるのは嫌い、つまりケチな野郎だ)。
 その版元は歌集の自費出版で有名だが、歌人というのはそもそも金のことを細かく詮索するようなことはしない、裕福な高齢者が多い。
 だから「見積もりを」と言われて最後まで出さないのが彼らのやり方だろうけれども、じつに原始的な、イヤな世界だと思った。
 いかなる商取引にも、やはり万単位なのであれば、事前にいくらかをつまびらかにするのが売り手の義務だろう。それをこんな……。
 筆者は甘かった。まあ金を出すのは母親だからいいものの(本当はよくないんだが)、私の交渉力が力不足であるのは間違いない。
 FPという資格も貧弱な交渉力しか持たないのであれば無意味だということも分かった。
Text by Tetsuya Ichikawa
Alt-fetish.com