レザーのライダースーツ

 今日、クライアントの一人からアンケートが寄せられ、その回答のひとつに昔の記憶がよみがえってきた。
 質問は「あなたのフェティッシュな好みを教えて下さい」のその他の欄に記入されたライダースーツ(革ツナギ)という文字。
 まだ思春期で、フェチという言葉すら知らなかった頃、町でたまに見かけるライダースーツ姿の男性にひどく興奮してしまう、そんな自分に動揺したことを覚えている。黒い革のツナギをみっちりと全身にまとい、グローブをはめて颯爽とバイクにまたがる姿が、かっこいいというよりむしろ、めちゃくちゃエロく見えた。
 普通の人が、町でオッパイ丸出しの美女を見たらかなり動揺するだろう。特にその女性の胸が巨乳で、巨乳フェチの人だったらなおさらだ。たくさんの人がいるところで、そんな裸の女性がいたら、みんなお互いに興奮を隠しきれず、仲間同士で盛り上がることもできたろう。普通の性的嗜好の男性同士でなら、容易に成り立つ、美人を見かけたときの反応である。
 ところが私の場合は、そんな裸の美女が歩いていたところで何とも思わない。裸の美女に対する一般人の反応は、筆者の場合、革ツナギを着ているライダーに対して起こる。ライダーを見るとそれくらいドキドキしてしまう。友達と一緒にいて、そういうのを目撃したとしても、あ、超エロいね、とかいえない。ライダーなんてどこがエロいのか、ってなもので、寒々とした空気が流れるばかりだろうことは幼いながら推測できた。
 普通の人から見るとエロくないものが、私にはエロく見える、その弊害は意外なところで露見した。
 ある時我慢できなくなって、あれは確か高校2年の冬だったろうか、通販で革のパンツを一本買ってみた。ライダーがはくような、プロテクター入りのゴツイヤツである。ライダー用だから当たり前なのだが、そんなプロテクターが入っていること自体、私にとっては、あまりに雄弁な性的魅力だった。それはもうエロさをきわめたといっていい。その通販広告を見ただけで一度してしまうくらいエロくて、届いてから、そのパンツをはいてどんなことをしようか想像するだけで興奮するのだった。
 頼んで1週間ほどたったある日。学校から帰ってくると、自室の入り口にその段ボールは置いてあった。私は、伝票欄に記載されたその文字に戦慄した。
「品名:革パンツ」
 その段ボールを配送業者から受け取り、私の部屋へと運んだのは母親に間違いなかった。やばい、母親にばれてしまったとおののいた。それはオナニーを親に見られたのと同じことだった。それくらい、「品名:革パンツ」が私にとっては恥ずかしかった。
 母親の反応は、しかし私の想像に反し、「無反応」といっていいくらいに何事もなかった。「荷物届いてたわよ、置いておいたから」くらいなものであった。
 そう、母親にとっては、「革パンツ」だからといってそれがいかがわしいものであることは、まったく思いも寄らないようなのである。考えてみれば、これは当たり前だ。普通の人には、革パンツは革パンツ以上の何ものでもない。単なる実用的な、服飾品に過ぎない。これが普通の人にはエロくないものが、私にはエロく見えることの弊害である。
 ブーツもそうである。学生時代に、女性のブーツをあれこれ論評しては、自分の好みのブーツを買わせて、学校にはかせて来るという楽しみがあった。そのためには、ブーツについてだけではなく、ファッション全般についてそれなりにものがいえるようでなければならない。そうでなければ、ブーツフェチの変態野郎だということがばれてしまう。
 そのために、ファッション誌の読者モニターまで引き受けて読みたくもないファッション雑誌をよく読んだものである。ブーツ以外、いかなる女性ファッションにも関心がない。けっこう苦痛だったけれど、おかげでそれなりに女性たちは私のいうことにある程度耳を傾けてくれた(というか、実際は嫌がられていたに違いない)。
 その女性たちというのは、早稲田の女学生のことで、当時は「ワセジョ」などといわれてその性格や外観のマズさが男子生徒から嫌煙されていた。彼女たちは勉強やらサークルやらに多忙を極めており、ファッションにまで頭が回らないので、ちょっと雑誌をかじっていればそれなりに説得力を持てたのだ。
 それで、自分の属する集団(クラス、サークル)ではしきりにブーツを広めて、一人ほくそ笑んでいたのだ。普通の人から見るとブーツなど何らエロくはないものである。多少はセクシーかも知れないが、筆者みたいな極端な反応をする者は皆無であった。
 ブーツを履いた女子大生とそれなりの仲になって、性的な面で楽しい思いをすることは一度もなく、学生生活を終えたわけで、殊、ブーツフェチの実践においては寂しい学生時代だった。結局ワセジョにブーツを履かせてみたところで、何の感興も沸いてこないことに気がつくまで、そう時間はかからなかった。
 あれは口もきけないような、高嶺の花や、あるいはまったくあかの他人が履いているからその純粋なフェティシズムが際だつんであって、知り合いに履いてもらったからといってそのキャラが、ブーツの魅力とコンフリクトを起こしてダメなのである。いくらブーツはいてるからといって、スピリッツ読みながら足を組んでタバコを吸われたらね。しかもそのブーツなんて、腿とかくるぶしがゆるゆるだったりして。
 話を戻して、ライダースーツの魅力について。スケ番デカの斉藤由貴が昔ライダースーツを着て登場したことがあったが、あれは最高だった(ちょっと緩かったけど)。
 女が着るライダースーツもいいけれど、男が着るのもまたいいと、膨大な量を丹念にウェブに掲載しているNovさんのウェブサイトを見て思う、秋の長雨かな。
Text by Tetsuya Ichikawa
Alt-fetish.com