自民党憲法調査会が自分たちの議員年金を止める法案はさっさとお蔵入りにする一方で、国民の自由権利をより束縛しようと訳の分からない憲法改正草案を発表している。
憲法改正についてはいろんな議論がブログでも展開されている。
私が一番危惧するのはこの憲法という法が国民を政府与党から守るための唯一の法であるという認識が、当の国民に著しく欠けている点だ。アホか?
憲法をいじる=政府与党が国民をどんどん戦争に送り出せる、ダメ国民はどんどんとっつかまえて死刑にできる、そういうことを意味する。その証拠に、自民党の憲法改正プロジェクトチーム「論点整理(案)」では次のような一文が。
「(1)現憲法の改正要件は、比較憲法的に見てもかなり厳格であり、これが、時代の趨勢にあった憲法改正を妨げる一因になっていると思われる。したがって、例えば、憲法改正の発議の要件である「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」を「各議院の総議員の過半数」とし、あるいは、各議院にいて総議員の3分の2以上の賛成が得られた場合には、国民投票を要しないものとする等の緩和策を講ずる(そのような憲法改正を行う)べきではないか」
訳すと、「こんなクソみたいな憲法、俺たち(=世襲化などでどんどん閉鎖的になっている議員連中)で勝手に変えられるようにするべきだよ」。議員がどんどん専門職化していて、なかなか普通の国民が議員になるのは難しい。その難しさは近年ますます高まっている。議員職が排他的になる中で、憲法という唯一の、議員の勝手を防ぐ「フタ」が外されようとしている。議員から見れば国民の大多数は○○である。田舎の盆踊りに来ている若い連中を見ればいい。○○ばっかりだ。でも彼らも国民だ。こんなだからこそいまの憲法は必要なのに、それを変えたらもうパンドラの蓋を開けるも同然。
マスコミは、この8月のシーズンに仰々しく戦争の悲惨さを伝える番組をやるけれど、いま持ち上がっている憲法改正の論議について伝えるものは少ない。そもそも戦争が起こらないようにするための大元はこの憲法にあるということ、しかもそれが変えられようとしていること、これ、すごいマズイ事態。国民はこうした点についてもっと注意すべきだ。護憲派というレッテルはこの際置いておきたい。むしろ日本国民としてこの憲法のもつ法的な位置づけ、意味、これをよく勉強しないといけない。そうすればこの憲法は絶対に変えちゃダメだってことがよーく分かるはずだ。
いま憲法の議論では、中身をどうかえるかという中身の議論になっている。しかし最大の注意事項は、「憲法をどんどん変えやすくするという改正」である。憲法をどんどん変えやすくするともう絶対にヤバイ。まあちょっと繰り返しになるがぜひ国民投票の際は憲法改正には反対票を投じなければならない。そうじゃないと早晩フェチなんていってられなくなる。
※参考図書=憲法力
行政書士今年もダメ腹立ってきた市川哲也
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