1970年代半ばに創刊され、30年以上にわたって日本の「緊縛」界をリードしてきた貴重な紙媒体月刊「SMスナイパー」が今月発売の2009年1月号で休刊します。
この雑誌と同じく、やはり70年代半ば(ちょい前)に生まれた私にとり、この雑誌とはいったい何だったのでしょうか。振り返ります。
物心ついてから、よく野原で遊んでいると、雨に濡れてガビガビになったエロ本を目にするようになります。普通のエロ本が落ちていても、次第になんだまたかといちいち関心を払うことも少なくなります。ところが、あるとき、半べそをかきながら縄で縛られたり、ローソクを垂らされて苦悶の表情を浮かべる女性の写真が載っているエロ本の残骸を道ばたで発見します。そのエロ本こそ、SMスナイパーだったのです。拾い上げページを繰れば、次々強烈なはじめてのビジュアル。うんこまみれ。縛られたりたたかれてあざができたり。信じられない恐るべき世界でした。
私のフェチを形成するのは、残念ながらそういう強烈を極めるSM雑誌ではありませんでして、街を闊歩するブーツ姿の「イケイケギャル」とか、革ツナギを着たライダーたちです。SMスナイパーなんて全然興味なく、「いやー世の中には奇妙な性癖を持った大人たちがいるんだなー、怖っ」くらいなものでした。
大学に入って、四谷のアズロと出会い、SPAのボディコン特集に出会うなどして、自分のフェチが黒光りのビチビチ、ラバーフェチであるという既定のレールが見えてきました。超零細弱小版元の編集者になり、フェティッシュをテーマとするムック本の編集に携わることになったとき、「SMスナイパー」は「大手」の版元のうらやましい職場となりました。もちろん大手というのは私の勤め先とくらべて大手という意味です。当時はサブカル界では著名な書き手の永江朗さんや、ラバーフェチの論考でおなじみ北原童夢さんに執筆を依頼したりもしました。手元の最終号を見ると、これらのふたりの偉大な書き手は、なんとSMスナイパーによって発掘された、育てられたみたいなことが書いてありましたので、やはりあらためてこの出版業界ではこの雑誌は一定の地位を築き役割を果たしてきたのだと痛感しました。当時でさえ相変わらずSMにうわ、痛そう、うわ、うんこ、怖いっ──程度の感受性の持ち主だった私は、まだまだダメですね。
こんなダメな私はとうてい気がつきませんでしたがこの雑誌は「エロ」「SM」だけにとらわれず、サブカルチャーやアート作品にも造詣の深い歴代編集長の「仕事」が伝統として息づいていました。これらの仕事を評価し、支えたのは他でもなく読者です。読者が買うことで、いわば一号一号がギャラリーであり見本市だったこの雑誌のビジネスを支えてきました。
読者とSMスナイパーの蜜月関係はしかし、長くは続きませんでした。
1990年代半ば頃、SMスナイパーと同じ大きさのA5版の平綴じという体裁による「別冊宝島」ブームがサブカル系出版社のあいだでブームになりましたが、数年でしぼみました。それと引き換えにやってきたのが巨大なインターネットの波だったのです。すべてのコンテンツは一斉にネットへ流出。サブカルコンテンツを求める読者もまた、ネットに流れ、紙媒体の世界にほとんどいなくなってしまいました。少なくとも、紙媒体で定時刊行するほどのマネーは回らなくなってしまったのです。サブカルコンテンツの一カテゴリーであったこの雑誌も、何とか今日まで踏ん張っては来ましたが、ついに終わります。
最終号で永江さんが触れていましたがやはり紙媒体には紙媒体の価値があると思います。皆さんにはラバーフェチの話を期待されているのに申し訳ないのですが、私は紙フェチであり、本フェチであり、DTPおたくでもあるのでもう少しお付き合いください。
東北大学教授で医学博士の川島隆太先生によると、パソコンのモニターでものを読むのと、本や紙に書いてあるものを読むときとでは、脳の働きはまったく違います。前者はまったくあとに残らず、ほとんど脳は働いていないのです。ですから、紙媒体で情報を吸収するのは、人にとってはじつはたいへん有意義で効率的なことなのです。ネットがバーッとやってきたから、何でもネットで読めばいいというのはダメなのです。これはと思う情報は、やはり紙で読むべきなのです。でないと、その情報とともにあなたは生きていないことになる。私は、フェチが人生であり、フェチこそ生きることです。ですから、フェチなことは本当は紙に書かれたもの、紙に印刷された写真を堪能したいのです。実際、半月に一回程度届くMARQUISとへヴィーラバーマガジンの最新号を、インクの匂いとともに読むときは、ネットで大量の無料画像を見ているときとはまったく違う満足感が味わえます。毎日数時間、モニタの前で過ごす私がこういうワケです。
それに、紙媒体は本という物理的な空間の占有によって、私たちの人生に付加価値をもたらすと思います。私の家には4千冊の書籍(SMスナイパーではない)があります。これらを見て、たいていの来客は私に一目置かざるを得ません。大量の本があるだけで、人から偉く見られるのですから、これほど愉快なことはありません。これがたとえば、大量の自作パソコンだったり、ゲーム機だったりしたらどうでしょうか。本と同じように尊敬を集めることはできないと思います。
MARQUISの社長ピーターの妻ビアンカも言っていますが、この出版不況の中で紙媒体にこだわるのは、同業者間で頭ひとつ飛び出させることができる(箔を付けられる)からです。ですから、SMスナイパーという「定期紙媒体」がSMというカテゴリーのなかで今回一冊失われてしまったのは、SM業界の威信あるいは、サブカル業界の発展にとってはマイナスなことで残念といわざるを得ません。
話を最終号に戻します。普通最終号ではあまりそのことに触れないでサラッと終わることが多いのですが、さすがSMスナイパーは違いました。数十ページにも及ぶ関係者のアンケートや、回顧録などを非常に小さな字で大量に載っけているのです。これこそまさにサブカル誌の姿です。一号一号がまさにお祭りであり、イベントだったのです。これに関わる関係者、編集者やライター、モデル、カメラマンたちは、皆、この雑誌に出て何かが変わる、何かが始まると期待してしまうものなのです(私も大学時代にサブカル関係の書籍のライターをしてプロフィールが載せられたりして、人生が変わったと喜んだ思い出があります)。ところが、実際は何も変わりません。SMスナイパーの膨大な総括記事は、このお祭りの後始末として、関係者の言いしれぬ期待感を収めるために必要でした。
しかしじつはこのお祭り、しっかりとネットへ──ウェブスナイパーへと引き継がれています。このウェブ媒体は、プロの書き手が真剣に書いた驚くべきコンテンツの宝庫です。これが、MovableType(XOOPSだったかな)という廉価なウェブアプリケーションにより提供され、誰でも無料で愉しむことができます。ウェブスナイパーをやっているのは、たったひとりの野心的で非常に優秀な編集者です。一度しか会ったことはありませんが、彼はまさにプロでした。
ラバーキャットスーツをギチギチに着て愉しむ皆さんは、私と同様、SMスナイパーなんて買って読んだことはないと思います。今の時代は、本で読んで自分の変態性欲を妄想のままにしておくことがむしろ困難なほどに、いろいろなことを体験・実践できるようになりました。何でもネットで、非常に安いコストで、簡便で容易に、たとえばパートナーを見つけ、物を買い、実際に愉しむことができます。ネットがもたらした、体験することの敷居の低さです。
さて、この歴史的な最終号の表紙とグラビアにおいて衣装で使われたコルセットは、編集者の求めに応じ、ALT-FETISH.comが無償でお貸し出ししたDEMASKのトラディショナルコルセットでした。少年時代、道ばたに落ちていたSMスナイパーを恐がり、アズロでフェチに目覚め、社会人として一時はその雑誌の職場をうらやんだこともあった私でした。いま、この雑誌の贈呈本のグラビアに印刷された「ALT-FETISH.com」の文字を見て、私の人生をなま温かく振り返った次第です。
※告知
ALT-FETISH.comオリジナルDVD写真集シリーズでなんと驚愕の100枚を売り上げた美人ミストレス「マイ女王様」がストリップ劇場の通称「ハマ劇」にてSMショーを行います。キャットスーツを身につけ、M男をブリーズコントロールや緊縛で調教。ぜひご都合の許す方はお運びください。日時:12/3(水)一回目 12:00-15:15 二回目 15:20-18:40 三回目 18:45-22:00 各回、4番目の出演で、35分程度 場所:ストリップ浜劇 横浜市中区宮川町3-91 tel:045-242-7751
【後記】SMは風俗か?
法律的な見地からいえば、風俗とはいえないかもしれません。法では、風俗というと、「裸体の」「性欲を刺激せしめる」そういう言葉で規定されています。しかしSMは必ずしも裸体ではないというか、裸体のワケがないし、刺激されるのは性欲ではないからです。ただ、新宿の有名SMクラブラシオラが摘発されましたが、それは風俗営業を無届けでやっていたからだという容疑です。SM行為は風俗じゃないと言い張ることは当局には無効なようです。SMはそういうわけでまあ結局目立つと風俗というふうにされ、おとなしくしていればお目こぼししてもらえる、そんなグレーゾーンな業態といえなくもないですね。では、このラバーフェチプレイはどうなのでしょうか。バキュームベッド。ブリーズコントロール。ラバー女装。法がこれらを風俗とみなすのには、あと百年かかかりそうです。
市川哲也/ALT-FETISH.com
ALT-FETISH.comはラバーキャットスーツ、ラバーマスク、ラバーグローブなどのコスチュームや、ラバー関連の海外書籍・雑誌を販売するラバーフェティシストのためのオンラインセレクトショップです。
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