東大助教授の水越伸先生によれば、メディアリテラシーは三つの要件が必要とされる。
(1)メディアを見ることができること(電気・テレビなどのハードウェアの存在、アンテナ線など、これらをつないで実際に見られるようにすること)
(2)意味を理解する力(言葉や読解力)
(3)自らメディアとして発信すること
そもそもリテラシーとは「識字率」といった意味である。字を使って内容を読みとったり、なにかを表現する能力のことだ。これにメディアが付くと上述したとおり、メディアを取り扱う基礎的な知識や能力のことを意味する。
そもそも人間が満足に幸福な人生を歩むうえで、何らかのリテラシーは不可欠である。しかも資本主義の要請から現代においては、個人の思考活動領域がますます複雑化・高度化をきわめている。そうなるとどんなリテラシーを選び取るかで、大きな差違が発生する。
今日はフェティッシュ・リテラシーということで、フェティシズムを自分の快楽実現の利便に資するものとしてうまく取り扱える能力について考えたい。
そのためにとりあえず水越のメディアリテラシーの3要件を援用して、フェティッシュリテラシーの要件をくみたてることからはじめたい。
フェティッシュ・リテラシーの3要件。
(1)フェティッシュに接することができる
ここでいうフェティッシュとは、フェティシズムが崇拝する対象、コミットメントする対象となる物のことである。ブーツ、ラバー、マスク、そういうの。そういう物を、持っているかどうか。また、まわりにそういうファッションを着た人がウロウロしているかどうか。
(2)フェティシズムを理解する力
見ればピンとくるフェティシストに理解もクソもないわけだが、水越の定義とはちょっとずれるが、対象としてのフェティシズムの意味を理解する云々というより、自分が持っているフェティシズムの意味を自覚できているかどうか、ということだ。たとえば街でちらちら見ているうちにブーツフェチになってしまった自分がいるが、実際に自分で履くのはどんなブーツがいいのか。同じブーツフェチでも意見が割れる。自分がどんなブーツを結局は好きなのかを知っていなければ、無駄金を使う羽目になる。よーく考えよー。お金は大事だよー。はっ……いま、私に(以下略)
(3)自らのフェチを発表する能力
発表するにはさらに要件が必要だ。1.自らのフェティシズムを、持っている資材を使って表現し、2.撮影し、3.ネット等のメディアを通じて公衆へ向けて発信する。
これはなかなかにたいへんな営みだ。恋人や奥さん、特殊関係人などと一緒に、ちょっとフェチな格好をして楽しんでいるレベルとは、「(2)フェティシズムを理解する力」までのレベルであり、これはフェティッシュリテラシー免許皆伝とはいえない。
(3)の境地に到達してはじめて、その人はフェティッシュリテラシーを備えているということができる。
(3)では、フェティシズムによって射精に至る前に、シャッターを押したり、ポーズを撮ったり、もっとさかのぼるとストロボをセッティングしたりと、あれこれフェチ行為とは無関係な「労働」をこなさねばならない。たいていの人は、そんなバカらしいことに関心を示さず終わる。
バカらしいといったけれども、筆者はもちろん、バカらしいとは思っていない。フェティッシュリテラシーを備え、実践している人のうち、世界でも五本の指に入る著名人は、MARQUISの主宰者、ピーターにほかならない。彼はもともとただの変態サラリーマンだった。勤め先は広告代理店。自分のフェチを追求し、表現するために、そう、文字通りフェティッシュリテラシーの実践のために、会社を辞めて独立したのである。フェチで。奥さんもフェティッシュモデル。その生々しいフェティッシュワールドへの熱い独白は、定期刊行物MARQUIS、ヘヴィー・ラバー・マガジンの巻頭に掲載される彼の言葉から読みとれる。
そして日本。日本にもフェティッシュマスターはいる。この私、市川哲也はまだまだ未熟である。市川哲也が崇拝するマスターたちは、chikaさんや、Rubber de ピュッピュの管理人Pyupyuさん。もちろんこの人たちをはじめ、Alt-fetish.comのフェティッシュサイトディレクトリで紹介している人たちもみなそうだ。トウキョウパーブというイベントを定期的に開催しているラバーブレインの人たちも素晴らしいと思う。
こういう人たちは、ラバーで興奮にもだえながらも、それを何とか押しとどめて、シャッター押すとか、イベントを企画開催したりとか、冷静な事務管理をしている。もしこれがないとどうなるか。
(フェチの)世の中は大混乱に陥る。どれくらいの混乱かというと、駅によくある、「この傘をご自由にお使い下さい、ただしご使用になりましたら、後日ご返却をお願いします」という、あの傘の輪が、今日は雨なのにもかかわらず、ない、あーどうして、どこに行っちゃったの駅員さん?ねえどうしてどうして。わーぬれちゃうよー。
あー、寒い。つまりこれくらい混乱する。
だから、フェティッシュジャーナルの熱心な読者のみなさんは今日から全員、このフェティッシュ・リテラシーを自ら備えるために、修行をはじめなければならない。
フェティッシュ・リテラシー第2回は、その実践編としよう。
Text by Tetsuya Ichikawa
Alt-fetish.com