後生の、私と同じ仕事を引き継ごうと意気ある者に向けて今夜は書こう。
ヘテロだった私は、もう一つの「性」を獲得した。男の性。女の性。そしてもちろん、3つ目はラバーの性。オルタナティブなフェティッシュは、3つ目の性で結実した。社名に込めたALT-FETISH。あろうことかそれは私の体に実装されてしまったのである。
何か海外の大学の研究で見たことがあるが、人間は年齢を経るにつれて、性愛対象は様々に変化する。環境の影響を受ける。私の場合も、環境の影響を受けた。もともとぴっちりしたものが好きだったが、それは女性の臀部や足にぴったりと張り付く黒光りした皮やラバーの素材のブーツや、ラバースーツであった。そしてこの10年のあいだに、数百本の男性器に、シース付きラバーブリーフを身につける装用支援の仕事をしてきて、もちろんその上からラバースーツを着させて大化けするのを日常とするなかで、私の脳内の何かは変わったようだ。というか、正確に言うと、視覚聴覚以外の嗅覚とかそういう、目に見えない「ゴム覚」みたいなものが開発された。しかしいちばんの影響は、目の前で展開される直接的な人間の相対をたびたび見てきたことだろう。へえ、そういう動きはありなんだと。別にそれが終わった後、その動きをきっかけに例えば取り返しのつかない事態や、懸念、後悔、病気などは、思ったほど起こらない、というかまったく起こらないんだ、ということが私の実践から、統計的に、まさにおそらく世界でも五本の指に入るくらいの私の体験という母数から、明証された。
そして、いまでは、お互いの身体のなるべく多くを、お互いの身体に内包することで、文字通り一体化する次元へと足を踏み入れている。方法は具体的には書かないが、人間の体にあいているすべての利活用できる「穴」が、その扉の役目を果たすといえば分かる人は分かろう。ラバーフードをかぶって、肛門に頭を突っ込んでいる「猛者」もいるがさすがにそこまでには至っていない。しかし、そこまで至らないとは誰にも見通せない。
恐れることはない。4月だからといって、中央線を人身事故で止めるようなことになるまえに、一度ぜひ、私の店でラバーを着に来てほしい。今、JR東日本のギロチン線、正式名称中央快速線(中野駅から立川駅まで、まっすぐな上に、時速百キロ以上飛ばしてホームに突っ込んでくる、それはさながら刃物、ギロチン台を彷彿とさせる)は、猛烈なスピードでホームドア設置工事が進んでいる。きくところ、昨日、武蔵境駅(西武多摩川線に乗り換える駅)は実装完了されたようだ。本社のある東小金井も着々と進んでいるように見える。
日本には、サリドマイド薬害で障害を負った人が数百人いる。昨日、ハートネットTVというテレビ番組で、講演活動や地域活動など当事者の熱心な取り組み、活動を知った。彼ら、彼女らは、懸命に生きているのだが、ときとして心が折れることもある。ある当事者の方は言った。「自分がつらいのは我慢できる。でも同じ障害を持った仲間がつらいのは、がまんができない」――私が言いたいことは、たった一回きりのまさに奇跡的なこの時間と場所を共有している、わずか70億人という数のいのちだということである。まったくたまたまの、偶然のきわみで、ラバーフェチになった、うちら70億人の仲間、ということだ。これを、どのような国、障害、境遇に置かれようと、私は一瞬でもこのラバースーツから得られる感覚を知らずして、いのちを終えてしまうようなことは絶対にあってはならないと思っている。そんな人がいるなんて我慢ができない。自分がラバーを着られないのは仕方ないとしても、そこらへんの若い前途有望な若者が、ラバーのことも知らずに、中央線のホームドア未設置の駅から発作的にことをいたすことだけは、我慢ができない。オッサンだってそうだ。オッサンだって、泣きながらサンドイッチを頬張るサラリーマンだって、ラバーを知らないままでいることは、私は納得がいかない。
ラバーはすべてを備えていると思う。憧れ。美しさ。若さ。力。いのち。輝き。興奮。酩酊。没我酩酊。恍惚。快感。安寧。優しさ。抱擁。刺激。ラバーが備えるこれらの属性を、単に素肌にまとうことで、まさに自分がそうなれるのである。人間は、ラバーになれる。単に着るだけで。試着をするだけで。
酒やクスリと違い、身体にネガティブな依存性はない。脱げばいいだけだ。こんな合理的な、メンタルヘルスのベストプラクティスはない。スポーツジムや犬の散歩、登山などもとより、ラバーに比べれば足下にも及ばないだろう。ラバーの完全な、一分の隙もない勝利である。
これから人類は、ベーシックインカム、少なくともベーシックサービスをほとんどの人が受けることになる。AIで限界費用が激減し、仕事もなくなるし、子供も作らない。人権だけは国が担保してくれているからそうなるのは実は10年以上前から自明だった。給付付き税額控除という言葉が、初めて与党の中で与党主導で議論が始まった。これは一例だ。学歴主義、新卒一括採用、ルッキズム。これらはすべて意味を失う。少なくとも、それで収入がどうのこうのということにはならないし、その効力は減る一方だと思う。中央線もあいにくホームドアが設置され、ナッジの妙に長けた政府の健康キャンペーンで、健康寿命は延びる一方だろう。
何をするつもりなのか? そうなったら。「退屈」ほど地獄なことはない。刺激がなければ、人間は死んでしまう生き物だ。ラバーは刺激そのものでもある。自分が刺激になるのである。自分で刺激を作り出し、それを享受するものまた自分だ。それは健康な体で、一生続くループになる。
オルタフェティッシュは、このループを持つ人と人をつなげるという新しいミッションを策定した。ラバーとラバーをつなげて、内包を促せば、もうその2人は寂しくないし、少なくとも退屈を感じる暇はなくなる。ラバーはそのとき、そのふたりはその瞬間、「神」になるのである。ゴムデウス※の誕生だ。
※ウヴァラ・ノア・ハラリの「ホモ・デウス」にかけてます。