ヒラキブーツ3900円

 ちょっとみんな、これみて! 180円スニーカーで有名な、あの靴のヒラキがレディースストレッチロングブーツ4095円だっていってる……。しかもサイズが26.5とかまである。男も履けるじゃん、みんなも履けるよ! 以前やったアンケート「男が履きたいブーツ」の結果でいちばん男性読者に人気の高かったシンプルな、膝丈の、レザーの(ヒラキのは合皮)、黒の、ジップアップのタイプ、どんぴしゃ。
 まあヒラキじゃさすがにラバーの、腿まであるヤツはやらないだろうけれど……。
 先日ところで、お得な買い物ということで筆者は軽自動車を買ったと書いたけれども、ちょっと運転するとぐったり疲れるのはどうして? 本当は欲しかった普通車の、ホンダエリシオンは、ユーザー評価がかなりよく、疲れにくいとかいてある。あーあー。やっぱり価格は、物の価値に比例するんだな。
 クルマとか移動手段については、高い金を出すからには疲れないとか、なかなか分かりにくいけど確かに存在するメリットがある、そういうことを勉強した市川哲也であった。
Text by Tetsuya Ichikawa
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キリスト教とはなにか?

 ヨーロッパで自然科学や哲学が発展したのはキリスト教がその由来である、ようなことを評論家の加藤周一さんがいっていた。
 すなわち、まずキリスト教の大前提として、「神」というのがある。ところが神は、あまりにも偉大だしすごいし神秘的でなぞめいていて、およそ人間のようなちっぽけな存在では理解が及ばない。
 歯が立たない。でも知りたい。「神って何?」
 ローマのバチカンに、ヨハネ・パウロ2世というカトリックのトップの人(教皇という)がいる。彼なんかは、神の代弁者として全世界のカトリック世界に君臨する。彼は神そのものではなく、選挙で選ばれるあくまでも人間界の代表であり、神のメディアである。
 そんなこんなで、神というのはとても畏れ多く、なんだか分からないけど、興味をそそる存在、人類の知的好奇心を、ここ二千年来刺激し続ける存在であったのである。
 キリスト教の教典「聖書」によればこの世界は神が作った物、「被造物」ということである。神は、器用にもこの世を7日かけて「造りあげた」ことになっている。神そのものを理解するのは無理でも、神が作った物をあれこれ調べることくらい、人間にもできる。もしかすると、神が造った物を調べて理解を積み重ねていけば、ある時神を理解できるのではないか。これが西洋文明の発展をもたらしたモティベーションである。そして現代アメリカや西洋のキリスト教が強い国では、依然としてこうした考え方から文明・科学は進歩の原動力を得ている。
 ところで筆者は神をもおそれぬフェティシストであり、変態であるが、父親は無神論者、母親はカトリックである。そして私自身は大学の西洋哲学科でたいした興味ももつことなく西洋哲学を履修し学士をとった。もちろん私自身は無神論者である。
 ところがいくら無神論とはいえ、キリスト教にはおかげさまでたいへんお世話になっている。まず私の実父母は、若い頃にキリスト教関連の研究会で知り合った(超まじめ!)。若いふたりが出会うためには、キリスト教が必要だったのである。すなわち、私が産まれるにはキリスト教がなくてはならない。みなさんがこの文章をあはは、ふうん、なるほど、バカみたいなどとそれなりにお楽しみいただけるのも、じつはキリスト教の連綿たる歴史の寄与するところ大なのである。
 聖書で、あらゆるものは神が造ったなんていうのは、視点を変えるととんでもない傲慢、尊大だといえる。つまりそんな分けないだろうと。百歩譲って、みなさんのカリスマ的なアイドルだの、天才的音楽家だの、chikaさんだのを、神が造ったというのはまあそのまますんなり飲み込めるかも知れない。しかし神が造ったのはそれだけではなく、便器、株主代表訴訟、ティッシュ、カメムシ、ジョージ・W・ブッシュ(Wはwrongの略)、ピンセット、そういうのも造ったとなると、「?」である。
 神を持ち上げすぎというか、神をとりあえず大きく持ってきておいて、あとの人間は「神」なるものに盲従すればいいやという安直さをまあニーチェは「ルサンチマン」として批判した。カトリックの連中が、ブッシュを支持しているらしいが、物の本質を見つめることなく、何となく安直に体制派に流れるキリスト教徒の困った習性の証左である。
 哲学というのは最初はまあ神が造った人間存在とはどんなものかを調べる学問だったが、そのうちに、神なんてどうでもよくなって、最近では「存在」とか「観念」「意識」といった、神とはあまり関係のない概念を扱うようになっている。
 哲学の行く末はしかし本論ではないのでおいておくとして、キリスト教に戻ろう。
 筆者が関心を持ったのは、キリスト教が、西洋文明の発展の最初の一歩を歩み出すに不可欠だったからという説を知ったから。その論法がいいではないか。まず、「神」を設定する。それは理解不可能であるとする。神は世の森羅万象を「造った」ことにする。神を知るためには世の森羅万象ひとつひとつを解明していく方法がある。
 なかなかこれはいいと思う。いろいろな物に応用できそうだ。
 ちなみに、神というのは概念であって、特定の人物だの、出来事を示すものではないと思う。だってキリストだって十字架に引っかけられて、「神よ、なんであっしをこんな目に?」というくらいだから。あ、でもそのあとに、「神」となって生き返ったんだった。でもそうすると、キリストが生きているあいだに祈った対象たる「神」はどこへいっちゃったの? あーたぶんこれは、キリスト「生き返った」→周りの人ビックリ→何がなんだか分からない→神だそうにちがいない、っちゅう、例の安直な「神」のヒトコトで全部片づける悪い癖が出たかな。キリスト教の。
 大学で宗教学でキリスト教をそれなりにやったけれどももはやそれも10年前。
 さてそろそろ、無理矢理フェティシズムにもっていって終わろう。
 SMとかフェチ出よく、修道女みたいなコスチュームが出てくるけれど、あれはキリスト教世界では非常に大きな意味を持っているに違いない。すくなくともこの日本よりは。
 日本にキリスト教みたいなのがあれば、もっともっとフェチもワクワク、ドキドキする体験になったろうに。
Text by Tetsuya Ichikawa
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フェティッシュ・リテラシー(第2回・実践編)

 生き馬の目を抜く資本主義社会の激流のなか、ボーっとしていると、あっという間に割高な商品・サービスをつかまされて大損ぶっこくことが多い。
 たとえば、住宅。新聞の豪華チラシを見て新築分譲マンション物件を見に行く人もいれば、悪条件の宅地を激安にて購入、ネットで何時間もかけて建築家を捜し、こだわりの家を建てる人もいる。
 クルマ。近くにディーラーに言われるままに、6パーセントとか7パーセントのローンで普通車を買う人もいれば、筆者のように涙ぐましい努力をして中古の軽を買う人もある。維持費を較べるとその差は歴然だ。
 金融商品。銀行の窓口で、普段は口も効いてくれない行員が笑顔を振りまいて「別席」へ通してくれ、薦めてくれた投資信託を買い、各種手数料で早速元本割れを食らう人もいれば、長期スパンでネット証券会社でインデックスをうまく買って売り逃げる人もいる。
 フェティッシュグッズ。言うまでもないだろう。
 今日は実践編ということで、まずフェティッシュなものを物理的に備えるにはどうしたらいいか。奥さんにブーツを履かせる。OLに履いてきてもらい眺める。ところが日本IBMのように、きまった自分の座席が会社にない場合は、そういうわけにも行かない。つまり最終的には、自分で履く以外に満足するすべがないことに、すべてのフェティシストはほどなく気が付くだろう。
 昨日の復習だが、フェティッシュ・リテラシーとは次の三つをできる能力のことを言う。
(1)フェティッシュに接することができる
(2)自分のフェチのなんたるかが理解できる
(3)フェチを発表する能力
(1)フェチに接する、これをやるには、民法でいう「制限能力者」では場合によってはダメになることがある。若くて元気なうちに、やりたいことをやっておかないと手遅れになる、法はそう、私たちに語りかけている、さあ、先を急ごう。
 (2)自分のフェチのなんたるかが理解できる、それは男なら簡単だろう。あそこが反応するかしないか。それにつきる。Alt-fetish.comはテカテカ黒光り、ピッタリのレザー・ラバー・PVC専門である。
 (3)のフェチを発表する能力。これは非常に奥深く、挑み甲斐のある難題だ。何しろ3に行く前に果てるケースがほとんどだからだ。
 (3)のやり方は具体的には次のようなものが挙げられる。
・化ける(フェチコスチュームを着て観るに堪える状態に化ける)
・場所の確保←これが時間の確保と同義でもあり、もっとも難しいという声は多い
・カメラを使った撮影
・パソコンと接続
・インターネット上に自分の画像を公開できるスペースを確保
・小気味よく関心を引くような文章とともに、写真をアップロード
・寄せられるさまざまなメール(おもに励まし、共感)にていねいにお礼
・定期的に新作をアップロード
・何の得(もっぱら金銭的な意味で)にもならないことへの忍耐
・ネタ枯れとの戦い(永久に続く)
 このように、書くとフェチとはまったく無関係なことに驚く。これだからこそ、フェチで、これがやれる人というのは、希有な人、偉い人なのである。ストイックなまでにフェチを追求する「作家」になれるかどうか。フェティッシュ・リテラシーというキーワードを軸に、みなさんに一発奮起していただきたいと願う、私です。
市川哲也
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フェティッシュ・リテラシー(第一回・入門編)

 東大助教授の水越伸先生によれば、メディアリテラシーは三つの要件が必要とされる。
(1)メディアを見ることができること(電気・テレビなどのハードウェアの存在、アンテナ線など、これらをつないで実際に見られるようにすること)
(2)意味を理解する力(言葉や読解力)
(3)自らメディアとして発信すること
 そもそもリテラシーとは「識字率」といった意味である。字を使って内容を読みとったり、なにかを表現する能力のことだ。これにメディアが付くと上述したとおり、メディアを取り扱う基礎的な知識や能力のことを意味する。
 そもそも人間が満足に幸福な人生を歩むうえで、何らかのリテラシーは不可欠である。しかも資本主義の要請から現代においては、個人の思考活動領域がますます複雑化・高度化をきわめている。そうなるとどんなリテラシーを選び取るかで、大きな差違が発生する。
 今日はフェティッシュ・リテラシーということで、フェティシズムを自分の快楽実現の利便に資するものとしてうまく取り扱える能力について考えたい。
 そのためにとりあえず水越のメディアリテラシーの3要件を援用して、フェティッシュリテラシーの要件をくみたてることからはじめたい。
 フェティッシュ・リテラシーの3要件。
(1)フェティッシュに接することができる
ここでいうフェティッシュとは、フェティシズムが崇拝する対象、コミットメントする対象となる物のことである。ブーツ、ラバー、マスク、そういうの。そういう物を、持っているかどうか。また、まわりにそういうファッションを着た人がウロウロしているかどうか。
(2)フェティシズムを理解する力
見ればピンとくるフェティシストに理解もクソもないわけだが、水越の定義とはちょっとずれるが、対象としてのフェティシズムの意味を理解する云々というより、自分が持っているフェティシズムの意味を自覚できているかどうか、ということだ。たとえば街でちらちら見ているうちにブーツフェチになってしまった自分がいるが、実際に自分で履くのはどんなブーツがいいのか。同じブーツフェチでも意見が割れる。自分がどんなブーツを結局は好きなのかを知っていなければ、無駄金を使う羽目になる。よーく考えよー。お金は大事だよー。はっ……いま、私に(以下略)
(3)自らのフェチを発表する能力
発表するにはさらに要件が必要だ。1.自らのフェティシズムを、持っている資材を使って表現し、2.撮影し、3.ネット等のメディアを通じて公衆へ向けて発信する。
 これはなかなかにたいへんな営みだ。恋人や奥さん、特殊関係人などと一緒に、ちょっとフェチな格好をして楽しんでいるレベルとは、「(2)フェティシズムを理解する力」までのレベルであり、これはフェティッシュリテラシー免許皆伝とはいえない。
 (3)の境地に到達してはじめて、その人はフェティッシュリテラシーを備えているということができる。
 (3)では、フェティシズムによって射精に至る前に、シャッターを押したり、ポーズを撮ったり、もっとさかのぼるとストロボをセッティングしたりと、あれこれフェチ行為とは無関係な「労働」をこなさねばならない。たいていの人は、そんなバカらしいことに関心を示さず終わる。
 バカらしいといったけれども、筆者はもちろん、バカらしいとは思っていない。フェティッシュリテラシーを備え、実践している人のうち、世界でも五本の指に入る著名人は、MARQUISの主宰者、ピーターにほかならない。彼はもともとただの変態サラリーマンだった。勤め先は広告代理店。自分のフェチを追求し、表現するために、そう、文字通りフェティッシュリテラシーの実践のために、会社を辞めて独立したのである。フェチで。奥さんもフェティッシュモデル。その生々しいフェティッシュワールドへの熱い独白は、定期刊行物MARQUIS、ヘヴィー・ラバー・マガジンの巻頭に掲載される彼の言葉から読みとれる。
 そして日本。日本にもフェティッシュマスターはいる。この私、市川哲也はまだまだ未熟である。市川哲也が崇拝するマスターたちは、chikaさんや、Rubber de ピュッピュの管理人Pyupyuさん。もちろんこの人たちをはじめ、Alt-fetish.comのフェティッシュサイトディレクトリで紹介している人たちもみなそうだ。トウキョウパーブというイベントを定期的に開催しているラバーブレインの人たちも素晴らしいと思う。
 こういう人たちは、ラバーで興奮にもだえながらも、それを何とか押しとどめて、シャッター押すとか、イベントを企画開催したりとか、冷静な事務管理をしている。もしこれがないとどうなるか。
 (フェチの)世の中は大混乱に陥る。どれくらいの混乱かというと、駅によくある、「この傘をご自由にお使い下さい、ただしご使用になりましたら、後日ご返却をお願いします」という、あの傘の輪が、今日は雨なのにもかかわらず、ない、あーどうして、どこに行っちゃったの駅員さん?ねえどうしてどうして。わーぬれちゃうよー。
 あー、寒い。つまりこれくらい混乱する。
 だから、フェティッシュジャーナルの熱心な読者のみなさんは今日から全員、このフェティッシュ・リテラシーを自ら備えるために、修行をはじめなければならない。
 フェティッシュ・リテラシー第2回は、その実践編としよう。
Text by Tetsuya Ichikawa
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ボンデージプレイ中の窒息に注意

 Alt-fetish.comではさまざまな拘束具、ゴム製のマスク類を販売している。身体をきつく拘束され密閉されると得られる独特の快感を追求したい人、成人を対象としている。
 ところで身体はつねに口や鼻や全身の皮膚から酸素を取り入れて血中の酸素濃度を一定に保っている。全身をキャットスーツで覆い、マスクもして呼吸を阻害すると、次第に血中酸素濃度が低下して臓器の各部が不可逆的障害(治らないくらいに破壊される)を被り、死に至るケースは決してあり得ない話ではない。
 2004/9/7朝日朝刊社会面に「防声具で窒息死」というタイトルのもと、和歌山県の留置場に留置されていた男性のケースが載っていた。彼は留置場で騒いだため、防声具という、口をゴム製のマスクで覆う全頭ヘルメットみないなのをかぶらされる。その後失禁したが当該装具を外されることなく、翌日死亡しているところを発見された。死因は「遷延(せんえん)性窒息」だ。
 遷延性窒息とは、吸入酸素分圧が徐々に低下し、長時間かけて窒息に向かう窒息症状。
 ラバーやベルトを使ったボンデージプレイにあたってはくれぐれもご注意願いたいと思う。それでも恐怖の縁でしか射精できない向きには、実際に死ぬというリアルな模様をご覧いただこう。こうなりたくないでしょう?
窒息で死ぬ場合(詳細)このページから引用
1.無症状期:30~60秒。体内酸素を利用。訓練で長くなる。
(参考) 1回の呼吸量:約 500 ml (酸素 100 ml)
血液や組織内の酸素量:約 850 ml、酸素消費量 300 ml/分
 →酸素供給停止後、数分で体内の酸素はなくなる。
2.呼吸困難期:60~90秒
二酸化炭素↑→呼吸中枢刺激→努力性呼吸 forceful respiartion→吸気性呼吸困難
3.痙攣期:30秒
→呼気性呼吸困難→間代性痙攣 clonic convulsion→強直性痙攣 tonic convulsion
瞳孔散大、意識消失、失禁、勃起、射精など。しばしば後弓反張 opisthotonus 出現
4.呼吸停止期:1分。痙攣停止、呼吸停止 (仮死状態)
5.終末呼吸 terminal respiration 期:1分→1~5で4~5分
 深い吸気運動出現 (数秒間隔で7、8回繰り返す)→呼吸停止
6.心拍動持続:数分~数十分→心拍動停止
 無症状期から終末呼吸までものの4~5分ということである。
Text by Tetsuya Ichikawa
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また見つけた女装マン

 ニューハーフ、女装系の人たちのなかには、フェティッシュなテイストを好む人が珍しくない。その最右翼はもちろん超美しいchikaさんである。chikaさんをみると美しさというのが性別を超えた普遍的なものであることが分かる。ビザールビューティーの伝道師といえばこの人をおいてほかにないだろう。
 今夜、chikaさんに続いてふたたび筆者の心を射る美しい人を発見したので報告しよう。佐緒里さんである。
 この人のくちびるがなんといっても美しいと思った。あるパーツ(口、目)が圧倒的に美しいとか、魅力がある場合、その人がフェティッシュコスチュームをまとうと相乗効果で最強となる。私が目を公開したら、数百人の読者の皆様のうち何人かの方々がメールをくれた。思い切って公開して本当によかったと思う一方で、自分にも女装という新しい境地が開けたのではないかと畏れにも似た興奮を抑えきれずにいる。まるで誘われるかのような気分である。
 これまでは女装とかは一切なく完全に閉じた、自分だけの変態趣味だったラバープレイだが、見せるという視点であらためて考えてみると、まだまだあれこれ試してみたい領域は少なからずあるように思われる。
 昨今のメーク技術は進歩が著しく、私のようなくたびれた30過ぎの男でも、それなりに評価をいただけるように化けることができる。ぜひみなさんも、女装というイメージにとらわれることなく、美の追究を果たし、すでにサイトで活躍されているご同輩の仲間入りをしてみてはいかがだろうか?
 そうすれば女性ホルモンも活性化して若く賢く美しくなれる。
 さて今日はサンマルクというベーカリーレストランのチェーン店へ夕方出かけてみた。暴風吹き荒れるなか、閑散としていた店内も、ある典型的な「層」の人たちが続々と蝟集をはじめ、混みだした。
 駐車場に高級外車で乗り付けるその人たちは、やや生活にゆとりのある(と思われる)子連れの専業主婦の方々である。なぜ私がそういう層(リッチ層)だとその子供連れの女性たちを推定したかというと、平日昼間、子供を連れて、複数の外車をそれぞれが運転してサンマルクにやってきたからだ(なぜか知り合い)。で、リッチの証左たる外車だが、外車を購入・維持するのにいくらお金がかかるか知ってます? 推定だが月々10万円は軽く超えるだろう(外車がなんでダメ(割高)かというと、自動車にかかる税金が死ぬほど高いから。奥さんだけじゃなく、政府の扶養もさせられる。国を思うんだったらじぶんとこの市町村の税収になる軽自動車にしたらと思う)。リッチの証左はもう一つある。彼女たちの時間だ。昼間働いていない。消費をしている。まさしくリッチである。
 で何が言いたいかというと、彼女たちの夫は、その時間、たぶん働いているだろうということだ(だっていないもん)。ダンナの所得でもって、その女性たちは外車を乗り回し、外食できる。
 さて、そのダンナさんたるみなさん。人生どうですか? もうあとは、扶養の責務を果たすのみ。会社にしがみつかなければ、クルマだって奥さんだって維持できません。うんざりしてきます。
 ここらで一息、女装くらい、いいじゃあありませんか。
 まあまじめに会社に勤めて、お金を奥さんとクルマと子供にもって行かれて。自分の楽しみ、何がありますか? なにかありますか。
そう、女装があります。私としては、そんなみなさんにこそ、さわやかな女装をお勧めする次第です。
 人生いろいろ、会社に入って、奥さんと子供養って、ベンツも買って、そして女装もする。多様性がなきゃいけない。
Text by Tetsuya Ichikawa
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価格差のナゾ

 三井住友海上24万円。アクサ9万円。これはほとんど同じ自動車保険の見積額である。同じというのは保障内容が同じで、年齢担保条件も、使用目的、仕様距離も全部同じである。
 価格差のナゾもう一発。近所の文具屋880円(老夫婦経営)。アスクル233円。これはファックス用感熱紙。同じ、B4サイズの30メーター巻きだ。
 世の中、高額商品でも低額商品でも、買うところによってこんなに価格差があるのである。
 いったいどうしてこんなに値段が違うのか? 特に年配の人に、自動車保険の価格差を説明するのは非常に困難だ。インターネットで、自分で申込をしないといけないんだよと説明したいが、それでは分かりにくいので、漢字の損保会社のほうは代理店の人に全部任せられるんだけど、アクサは申込みから何から全部自分でやらないといけないんだよ、だから手間賃みたいなものなんだよ、という。
 ホテルとかで繁忙期と閑散期の部屋代が違うのはまあ仕方ないだろう。しかし、自動車保険の金額だけは私としても腑に落ちない。もちろん、インターネットを使えないとか、時間がないひとにとっては、代理店お任せコースがたいへん助かる。しかし2倍近くも違うとなると、さすがにどうか。割高感は否めない。2年もすれば、パソコンを買ってネットをつないで云々という投資を回収できる差額である。
 昔、共産圏のどっかの国の宰相が日本は成功した社会主義のモデルだと言ったらしいが、割高な国内サービス会社へほとんど喜捨といっていいようなカネの使い方をして、たがいに生活を扶助しあうという、なんともうるわしい国民性であることよ……。
 タダそれに、年収300万とかいわれて、どんどん政府与党のオッサンたちが積み上げる借金を背負わされる若い世代がどこまでついてこられるかどうかだ。すでにパラサイトシングル、ニート(Not in Employment, Education or Training)、少子高齢化といった形で、彼らのレジスタンスは確実にはじまっている。
Text by Tetsuya Ichikawa
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女性ホルモンで美しく賢く

 恋をすると女性は美しくなるという。これは女性ホルモンの分泌が活発になり、女性がより強く男性を惹きつけようとするからだ。美容液などには女性ホルモンのはたらきを効果にうたう製品が珍しくない。また最近では女性ホルモンの研究が進み、どうやら痴呆にも効果があることが分かってきた。アメリカではアルツハイマー病の治療薬の研究で女性ホルモンがさかんに用いられている。
 男性でも恋をして活発になった男性ホルモンが脳にはいると、女性ホルモンに変化して脳の働きを活性化するらしい。若く美しくなおかつクレバーになるためには、まず恋をして、男女を問わず女性ホルモンを脳へ導こうというわけだ。
 女性ホルモンに、男女問わずよいはたらきがあることが分かったところで、私らフェティシストにはどうなのかを考えてみよう。
 そもそもラバーに興奮するというのは、女性ホルモンの分泌を促すような意義があるのだろうか? 別にアピールしたい異性がいるわけでもないから、女性ホルモンは出ないのだろうか? 私はそうは思わない。ラバーを着るときに、少なからずナルシスティックな欲望も満たしたいということから鏡を見る。鏡のなかのラバー姿の自分は少しでも美しいほうが興奮は高まるから、自分を惹きつけるために女性ホルモンが出るのではないか?
 それに、女装する人だって、きれいな姿をより多くの人に評価してもらいたいと思っていないはずがない。だから女装をするということ自体がすでに女性ホルモンが分泌されやすい行為であり、恋をしているのと同じような状況といえる。
 わたしの例を話すと、ラバーを着ると気分的に女っぽくなる(受動的になる)。ラバーに恋というより、ラバーを着た自分に恋をするような感じだ。もともとM体質なので、ラバーを着るとますますその傾向が強まる。ラバーに犯されるごとに美しくなる(と、勝手に思いこんでいる)、ひとりでしあわせなわたしである。
 ラバーに恋をすれば、若く美しく賢くなれるなんて、夢のような話だが、女性ホルモンがラバーを契機に分泌されるのであれば、あながち夢物語でもない。ラバーを着てみなさんもどんどん美しく賢くなろうではないか。
Text by Tetsuya Ichikawa
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完成ドリームハウス今日の感想

 筆者は住宅フェチでもある。センスのいい建築家と、情熱あふれる施主が力を合わせて建てた住宅は本当に見応えがある。見るだけで生きようという前向きな力すら沸いてくる。
 今日(9/5日曜日)テレビ東京でやっていたのはつぎの2つのケースだ。まずひとつは、自動車販売会社に勤めるサラリーマン(年齢は確か40代後半くらい?)。
 小田急線沿線のがけの上に10坪未満の超狭小住宅を建てる。1200万円で買った65坪はツボ18万円と激安だが、構造家の分析によると結局家を建てられる建坪は正味10坪程度しかないことが分かる。
 なんといっても場所が強烈だ。幅1メートル、傾斜角40度というとんでもない「山道」を上がらないと敷地に着かない。基礎を作るためには山肌を2メートルも掘らないと丈夫な地盤が出ないということでショベルカーを搬入するわけだが、ショベルカーでその坂を掘り崩しながら登る。ウインチで資材を運搬して何とか家が建つ。
 完成披露は感動物だ。なんといってもロケが一年を超えている。これだけの長きにわたり一個人の住宅建設の模様をドキュメントするのはそれだけでも見応え十分だ。
 また、眺望にあこがれて、こんな悪条件の物件にえいっと千万単位の金をつぎ込む施主も、かっこいいの一言に尽きる。この勇気、思い切りのよさ、こだわり、そして努力(マンションモデルルームからタダで譲ってもらった数百万円分の住宅設備機器を自分たちで取り外すなどすさまじい努力)の甲斐も実り、土地と建物で4千万円代前半くらいで夢が叶った。
 4千万というと、マンションだったら陳腐なものしか手に入らない(もちろん場所による)。それくらいのカネを、他人施行の陳腐なマンションに投じるくらいなら、悪条件でも土地を見つけてきてこんな家を建てるほうが筆者はいいと思った。とにかくマンションというのは管理費、管理会社、ほかの住民、地震、いろんな不確定要素を抱え込むことになるので、筆者は嫌いなのである。戸建てなら更地にして売ろうが立て替えをしようが建坪率と容積率さえ守れば何でもやれる。
 さて二件目の物件は、海外駐在歴豊富なサラリーマン氏、37歳。奥さんと子供あり。彼が家を建てるのは世田谷の40坪弱の土地。希望は広いリビング、天井の高い、足の伸ばせる風呂、掃除のしやすさ。海外のゴージャスな住宅事情を知っているだけにこだわりが光る。子供がひとりしかいないから、広い子供部屋が確保でき、幸せそうな感じが伝わってくる。建ちあがってみると、希望は見事叶えられ、まぶしいばかりに広くて明るいリビング、天井高3メートルの浴室、広くて清潔感あふれる子供部屋がじつに見事である。
 フェティシストのために霞を食べるように生息する筆者から見ると、どんなに安いとはいえやはり土地、建物は高嶺の花。個人的には金持ち父さんみたいに副収入の源泉たる不動産を持ちたいと願うけれども、たぶん私の代では無理だろう。
 それはさておき、この手の番組で登場する家でひとつ気になることがある。それは、通常お父さんが一人になれる部屋というのがあまりないということだ。夫婦がともに寝起きする寝室と、リビングがメインのお父さんスペースになる。まあなかには例外的に、リビングの上層部が吹き抜けになっていて、リビングに面したロフト状の空間がお父さんの書斎、というケースもある。開放感一杯の、などというナレーションで紹介されるこのお父さんスペースではとてもじゃないがプライバシーなんてあったものではない。
 果たしてお父さんがフェティシストだったらどうするんだろう。できないじゃん。ラバーフェチが日本でもっと増えるためには、やはり住宅への考え方自体を変えないといかんかもしれん。
(本文中に出てきた数字は番組の内容に必ずしも忠実ではありません)
PS MARQUISのビデオ作品を、日本国内で正式にDVDでリリースできる見通しとなりました。お楽しみに。リリース開始時期は何とか年内ということで計画しているので、お待ち下さい。
Text by Tetsuya Ichikawa
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フェティシストを作り出した70年代、80年代

 いま現役のフェティシストが幼少期の1970,80年代、私たちはどのようなビジュアルから感化を受けたのか?
 答えとなるのが、当該時代の豊富なフェティッシュビジュアル資料満載のこのページだ。
 Waxさんという人がやっている。何となく懐かしく、強烈にエロさを感じる写真たちを見ていると時を忘れる。岸田秀は幼少期に見た性的な映像が人をフェティシストにする、といっていた。小さい頃何の自覚もなくこういうのばかり見ていたら、フェチにならないはずがない。
 ブーツ、キャットスーツ、黒光りする皮革。私たちを魅了して止まないアイテムを、今度は自分で身に着けて楽しんでいる大人の自分がいる。
PS MARQUISのビデオ作品を、日本国内で正式にDVDでリリースできる見通しとなりました。お楽しみに。リリース開始時期は何とか年内ということで計画しているので、お待ち下さい。
Text by Tetsuya Ichikawa
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ラバーの身体感覚

 家族や知人に筆者のラバー狂いがばれると、100%引かれてしまう。引く、というのは、気味悪がってゾッとされるといった意味である。もっと言えば、もうこれ以上は関わりたくないとばかりに心理的にも物理的にも距離を置かれてしまう状況である。
 もう、どれくらいの人に、どれくらい昔から、引かれてきたか分からなくなってしまった。さーっと波が引くように、筆者のまわりから人気がなくなって久しい。
 残ったのはただただ居心地がいい「孤独」である。キルケゴールは、キリストに帰依するためには、絶対的な孤独者、単独者にならなければダメだみたいなことを言っていたけれども、筆者もようやくラバーに帰依するための単独者の境地になった模様である。
 今日の話題は、ある俗人(悩める非ラバー人、人は「びと」と読む)が筆者に問うた、次の質問についてである。
俗人「汝は、ラバーを着て、何をするか?」
単独者「オナニーだ」
俗人(露骨に引きながら)「ふーん」
 この俗人は気の毒にもこのあと話題を続けられず、変えてしまった。しかし筆者の心には、「ラバーを着て何をするのか」という問いが抜き去りがたい棘のごとく残ったのである。
 まず第一に、「オナニー」という答えは、的を得ていない。それは、人生とはなにか?という問いに対してこたえるときと同じような程度の意味しかない。つまり自己満足である。
 そもそもよく、ある条件が整った場合にどうするのみたいなことを訊く人がいるけれども、じつはその問い自体無意味な気がする。大学を出たらどうするの?とか、会社を辞めたらどうするの?とか、そういう質問と同じで、訊かれたほうは答えようがないのである。
 信号が赤になったら、どうするの?という問いには、もちろん「止まる」と答えられるだろう。それは、問いが問うているのが、ルールについてだから。ルールはあらかじめ明文化され、決まっていることである。答えが別のところで定義づけられている。そういう問いには簡単に答えられる。
 ところが、ラバーを着てどうするの、という質問の答えは、ルールとは無関係だから、答えるのが難しい。むしろ答えようとする頭の運動自体無効になることすらありそうだ。
 ただ一ついえることは、ラバーを着る行為そのものに、すでに答えが内蔵されていると言うことだ。その答えは、ルールのように明文化も、定義付けもされていない、そして言葉によって把握することすら困難なもの、いわば身体が感じるものである。ラバーを着たら身体に任せればいいと思う。
 筆者はじつは縄で縛ったりするのには一切関心がない。日本のSMでは、縄師なる人がいて、女性を縛るプレイが定式化されているようだが、それこそ「縛ってどうするの」みたいな質問をしたくなる。
 あーここで気が付いた。そういう質問をするときって、もはや、その答えなんてどうでもいいときかも知れない。縄で縛ってどうなろうと、知ったこっちゃないけれども、まあ縛る人がいるみたいだから、せっかくだし見聞を広めるために訊いてみようか、程度の心境だろう。
 「ラバーを着てどうするの」と訊いた冒頭の俗人もそうに違いない。そんなのどうでもいいんだけど、場の沈黙とかがあまりにやばいのでまずは訊いてみた、そのくらいなものだろう。
 他人がなんと訊こうが、シカトして、とにかくラバーを着てみる。答えは自分の身体だけが知っている。
 最近の身体からの報告によれば、ラバーを着てしばらくすると、皮膚とラバーのあいだのローションやら、汗などの液体が程良くラバーを人間の舌のような触感にする。ラバーと皮膚のあいだに、間接部などで細かいしわができ、そのすき間に液体が入る。体を動かすと、ラバーがピタピタと皮膚に付いたり剥がれたりする。その感覚は、まさに全身を巨大な舌で舐められているようだ。次第に汗が全身から噴き出ると、今度は身体ごと女性器に入ったような気分になる。
 この感覚を一度知ってしまうと、ラバーキャットスーツを生涯手放すことはできなくなる。残念ながら普通のセックスでこの感覚を再現するのは無理だろう。
Text by Tetsuya Ichikawa
Alt-fetish.com