「メディア時評」カテゴリーアーカイブ

土地フェチ

 近所の戸建てがある日、取り壊し工事が始まる。ほどなくして更地となり、「販売中」と大書きされた看板が立てられる。看板に書いてある不動産会社に、私ならかならず連絡する。
 普通、ここで連絡する人は稀だ。でも私は、必ず近所でそういうことがあれば電話して相場を聞くようにしている。
 今日も販売中の土地が見つかったので連絡先の某T社に電話。場所は中央線沿線、新宿まで30分程度の、駅まで徒歩8分の、広い道路に面した、通勤にも通学にも至便の、文教地区の40/200の、更地所有権、南側日当たり良好の、そんな素敵な土地である。それが「販売中」とあるのを見て、欲しくならないわけがない。
 これだけ広い土地があればどんなに素敵な家が建てられるだろう。趣味で買い集めているたくさんの建築雑誌に掲載されたさまざまな家、それも一流建築家の設計の、が走馬燈のように頭をめぐる。その家での、楽しい暮らし。夢のような毎日。ああ、土地が欲しい。
 というわけで、(ちょっと無理矢理だが)土地フェチの私。値段を聞いて驚いた。土地の広さ、85ツボ(ぎょえー、イヤな予感。広すぎだ)。
 坪単価160万円。
 でた。たたたたたたたた、高い。公示価格よりもずいぶん高い。
 で、電卓登場。でました。総額、13600万円+不動産会社に別途414万円の仲介手数料で、しめていちおくよんせんまんえん。
 ……。
 いなげやで買ってきた78円の「おいしい珈琲」(メグミルク)の紙パックを持つ手に冷たい汗が流れ出る
 イヤー、これこれ。この高揚感。いくらかな?いくらかな?ドキドキ。エーそんなに高いの?ギャー。まさにジェットコースター。
 以下、営業マンに聞いた話。
・取り壊し中も問い合わせ一件あり
・1ヶ月後に3分割して分譲戸建てにして処分
 はあ。85÷3=28ツボ。トホホ。それでも4533万円。上モノもあるから6000万から7000万だ。こんな小さな土地と家にこんな金払ったら絶対不幸だ。土地は広くてナンボ。不動産会社がこうして不幸を量産するんだ。ああ不幸。世の中不幸だらけ。理由は土地をこまかーく切って、不幸サイズにピッタリの大きさに切り裂いて、小さな家にゴミのようなプレハブ戸建てを乗っけて売りさばくからだ。土地付き分譲住宅こそ、日本人のすべての不幸の源であり、すべてである。
 私は、そんな不動産会社からこの土地を救いたい。そして日本の不幸を減らしたい! ああ救いたい救いたい。そのためには金が要る。莫大な金が。幸せを作るための金が。
 まそれはそれ。
 都心ではバブルが起こっている。90年のバブルとは違い、土地の収益をきちんと計算したファンドが買っているという。しかし、なかには採算が取れないほど高くなった土地が回転売買されるなど、早くもババ抜き投資ゲームが勃発しているところもあるらしい。きちんと開発したりビルを建てるキャパシティのない会社は土地を買えなくするなど、行政の規制が必要かもしれない。
 アメリカはどうなんだろう。
 グリーンスパンというFRB議長(すごいね、18年もやってたんだ)が交替することになったらしいが、彼を悪く言う人は経済を住宅投資で支えたなんて言っているらしい。実際一部の住宅地では、アメリカ人の平均年収の3倍以上する住宅もあるという(全米平均は2.2倍)。しかし今年になって住宅バブルに変調が見られるって。たとえばローン破産件数が過去最高になったとか、売り出しの家に買い手がなかなか現れないとか。住宅バブルの終了=アメリカ景気好調の終焉ということでよくない。まずい。カリスマ議長も退任するし。どうなるんだろうアメリカ。
 「おいしい珈琲」もすっかりぬるくなってしまったことだし。ラバー着てオナニーでもするかって、ああ着る場所がないほど狭い我が家だった(泣)。
市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com

改憲9割に迫る衆院の驚愕

 憲法改正に賛成する議員は9割。消費税増税に賛成する議員は7割。今回の総選挙で衆院はこういう割合になった。
 福島さん(社民)が繰り返しいっていた。「社民党が議席を増やさなければ、憲法九条はなくなります」
 今回自民を選んだ多くの国民。なくなってもいいのだろうか? 9条が。郵政があったから多少はかすんでもやむを得ないと思っていたが、自分たちの憲法を、変えてもいいと思っているような輩に票を入れる「国民」がこれほど多いとはどういうことだろう?
 この国の平和と民主主義と人権を根底から支えている憲法。これを変えるということが意味するのは端的に言って次のような事態だ。
・世界中で起こっているブッシュの戦争に貧乏人から順に行き、大義(ほんとうはアメリカの大金持ちのエゴ)のために死ぬのも当たり前の事態
・政府、与党が自分たちの都合のいいように非政治家・非官僚を管理統制できる事態
・所得格差、希望格差がますます進展、固定化して、そのための社会保障コストを消費税で支払うためにモノやサービスが異様に高くなる事態
 つまり改憲とは詰まるところ国民にとって最悪の事態をもたらす。だから、今回の衆院選の結果、改憲派がたくさん選ばれたということは、国民の多くがもはや「マゾ」化したかまたはある種のリテラシーが著しく壊れちまっているとしかいいようがない。
 憲法を変えることがどれほど危険かを、とにかくひとりでも多くの人に知ってもらい、将来ヤッテクルかも知れぬ国民投票のときに間違わないようにいまからがんばる覚悟である。まずはこういうサイトがあるからぜひ見よう。さらに、今回の選挙の総括としてうまくまとまっていたので、社民党のサイトから引用する。「この選挙戦、小泉首相と与党は郵政民営化の是非を問う国民投票だとして、空洞化する年金制度の将来、サラリーマン増税や消費税の値上げ、そして憲法改悪などの重要課題を争点から隠し通してきました。唯一の争点とした郵政民営化についても、公社職員には税金が投入されていないにもかかわらず、職員を民間人にしなければ「重税国家」になるなどの「マヤカシ」を押し通してきました。与党が過半数を大幅に上回る議席を得る結果になりましたが、社会保障の破壊、増税や憲法改悪などの重要問題を徹底的に隠してきた小泉内閣の政治が、有権者の皆さんから手放しで信任されたとは考えておりません。過去最大に広がった所得格差の上に、増税と負担増で次々と暮らしを疲弊させていく政治。雇用や社会保障制度を壊し、将来不安を募らせるだけの政治。そして米国に言われるがままに自衛隊を海外に派遣し、やがて武力行使を可能とする憲法9条の改悪を目論む政治。これら小泉内閣と自公連立政権による「平和と暮らし」の破壊を何としてもストップさせるため、社民党は国会の内外で、さらに奮闘していきます。」
 Alt-fetish.comはこのフェティッシュジャーナルを通じて今後も護憲を訴え続けていきたい。そして読者が政治に対して盲目にならぬように訴えを続ける。今回の選挙ではいかに、国民が簡単に自民党のウマイまやかしにコロッと逝ってしまうのかを如実に示した。保守政治家の本当の狙いにつねに用心深く注意してみていないと、本当にアホな時代へとさかのぼってしまうのである。そうなったらみなさん、キャットスーツなんか言ってられません。
 さて憲法力という本では、憲法を変える変えない以前に、政治に参加する力自体を持つ必要があるんじゃないのか、という問題提起がなされている。国民にも政治家にも憲法をいじくる力がないままに、事態はどんどん改憲へと突き進んでいる。これがいちばん危険であると、著者はいう。私も同感だ。しかし著者のように政治家や国民にそんな力を付けるなどもはやファンタジーなので、それなら憲法は変えない、絶対に変えない、それでいいと思う。
変態セクターにおける護憲派代表、市川哲也
info@alt-fetish.com
Alt-fetish.com

今度の選挙の本当の争点

 9・11。国民に信が問われる衆議院選挙。郵政民営化云々が私の中ではホットなテーマであった。しかし、戦後60年の節目の昨日、よく考えてみた。本当の争点は、憲法改正なのではないか?
 私は一貫して自民党や民主党による憲法の改正に反対している。なぜなら、一度変えることを許したら最後、絶対に盛り込まれるに違いない、改憲の条件緩和によって、その後はどんどん国のイヤな側面が露呈してくるはずだから。
 大江健三郎は朝日のコラムで沖縄の集団自決を例に挙げ「国民に死を強制する国家が、ジッとこっちを見ている」感じ、それがいまもってなおあるというように現代の国家権力を表現した。そのコワい国家から国民を守っているのが憲法、にほかならない。毎度のことだがそこを勘違いしちゃいけないし、それこそが憲法の最大の役割である。だから絶対に変えちゃいけない。変えやすいように変えられてしまったらもうオシマイだ。
 ドイツといえば、私ら変態がどれほどお世話になっているか分からない。私は英語でドイツ人と「暑いね、アイスがおいしい季節だね」「子供が熱を出してたいへんだったよ」などと会話を交わす。まったく普通の市民であり、隣人である。それが、つい60年ほど前には、ユダヤ人をものすごいえぐい方法で虐殺した。ドイツは過去を克服することをテーマに、この戦慄の歴史を決して忘れることなく語り継いで平和に貢献しようとがんばっている。ベルリンの一等地にホロコーストの記念館のようなものを最近も建てたらしい。
 日本はどうかというと、過去のひどいことはなかったことにして教科書からもいち早く消し去り、戦争をする「自由」の獲得をどうやらめざしている。しかしその自由というのは怪しい、危険な香りのする自由である。有事関連法案でも、国民の自由はある程度制約を加えてでも、金持ちや議員連中の自由は守るべきだ(そのためには戦争もやぶさかではない)みたいなことになっている。
 ここ数日で、あの戦争についてのいろいろと細かなディティールが戦後60年を記念してマスメディアに登場した。基本的には日本人がいかに苦しんだか、みたいな話である。当然だ。金を出すスポンサーは日本企業で、消費者に番組を見てもらってついでに自社商品を買ってもらうことでやってるんだから。気持ちよく番組を見てもらわないといけない。
 したがって気持ちよくない話題、憲法が変えられようとしているから守らなきゃならんとか、そもそもどうして戦争が起きたか、みたいなところはあまり丁寧に報道されない。私は世の中の仕組みのほとんどは法律によって決まっていると信じている。その法律を金持ちがよってたかって都合よく変えてどんどん所得格差、いわれているところの希望格差社会が出来上がりつつある。
 その世の中の方向性、仕組みを決める法律を作ったり変えられる特権的な身分は国会議員だが、肝心の議員はいま茶番に夢中だ。郵政民営化など茶番に過ぎない。本当の連中の狙いは、本当の争点は法律、憲法をいじくって、どんどんやりたいようにやろうという路線が果たして維持できるかどうか、である。だから自民でも、自民と同じ民主でも、どっちになっても同じである。この路線は、戦後60年たってもまったくかわらない、それどころかどんどん強化されている。私ら変態はそもそも平和と自由が憲法に保障されていないと絶対に生きられないとおもうがどうか?(少なくとも郵便局が民営化されようがされまいが変態には関係ない) 憲法をいじくろうとする連中に政権を渡す愚だけは避けねばならない。
九条の会の会員が立候補すれば投票する市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com

さおだけ屋、フェチ界の隆盛、小泉自民

 くそー。若い著者である。しかも文系を出て一般企業に勤め、そのあと資格で一念発起し本を出してベストセラーを決めるという私が幾度となく夢に描いたライフコースだ。うらやましい。『さおだけ屋はなぜつぶれないのか?身近な疑問からはじめる会計学』 山田真哉さんという人が書いたこの本はとてもよくできた会計の教科書といえる。
 私は簿記の素養があるので金持ち父さんの本にしてもこの本にしても、会計マジックに多大な期待を抱かない。金持ち本やこの本に書いてあることはしごく当たり前の、昔からなにも変わらない方法を、エピソードと一緒に列挙しているだけだ。ただ会計なり簿記なりをおもしろおかしく本に仕立て上げてベストセラーにしてしまうところが著者のマジックだ。私はそっちの方に関心がある。
 さて、サイトだが今日はとてもクールなサイトの作り手から投稿があったので紹介しよう。こうしたビザールイメージの担い手がどんどん登場してくれることで、このジャンルも活気づくのである。
 また話題がさっさと変わるのだが、今度の選挙について。ちょっと悩んでいたんだけれども、今度ばかりはやはり小泉自民党に入れざるを得ないかも知れない。今日の朝日の朝刊では一面では小泉をけなしていたけれど社説では民営化の必要性を強く主張していた。
 小泉は民営化に異常に執着してそれだけしかやらなかった。もし小泉以外の人が宰相になれば、民営化の話はもとより、構造改革(官から民へと、財政再建)の機運は失われてしまうと思う。小泉は竹中平蔵や猪瀬直樹を使ってこれまでにない手法で改革を進めてきた(ように見えなくはない)。こんなダイナミックな改革ができるのは私にはやはり小泉しかいないように思われるがどうだろうか?
 小泉は靖国にいったりなんだりとなにかと右寄りなので嫌いだが、全然ダメな民主とか箸にも棒にもかかわらないほかの野党とくらべると、この貴重な一票を投じるのにやぶさかではないということである。特に野党の中でも民主党はあり得ないくらいにひどい。憲法の改正を企図していたり、郵政民営化に反対していたり。野党としてあり得ない。おそらく歴史に名を残すほどひどい野党と思う。ただの政治家ごっこだ。それにくらべると、郵政民営化、私も覚えてしまったこのフレーズ、「民間にできることなら民間にやらせる」ことにフェティッシュにこだわる小泉が百倍増しに見える。
 従来のような保守対革新、右対左みたいな対立のわかりやすい構図がなくなり、争点が非常に矮小化してきた。ひとつひとつの問題が時間の流れとともに深く根を張って専門化した。
近くの郵便局で初老の男性が局長に説教していたのを目撃した市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com

郵政選挙、私ならこうする

公務員を減らそうとか、郵政事業を民営化しようというのには大筋賛成だ。ただ、小泉自民党は靖国にいったり、憲法をいじろうとしたりととんでもない悪党である。だから、郵政民営化して公務員を数十万規模で減らす覚悟のある政党で護憲というのが理想だがそんな政党はなさそうだ。
 悩ましい衆院選、9/11が投票日である。おそらく私は平和護憲の公明党に入れるかも知れない、いやそれはうーん、やっぱしまずい。やっぱ棄権するか当日暇なら共産かな。棄権=共産と同じだから(笑)。
これだけ騒いで棄権しづらい市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com

「日本の」アップルミュージックストア登場

 ブツブツ文句ばかり言っていたらきっと全体ではかなり声が大きくなっていたのだろう。今日からアップルミュージックストアが日本のアップルサイトでオープンした。さっそくIDを使って曲を買おうと思ったら、私のIDではYour Billing Information Has Been Changed.iTunes以外のところで請求先情報を変えたでしょダメだよ、といわれてそれっきりそのIDではまったく曲が変えないどころかサインインもできない。どうしてもアメリカのアップルストアにサインインしてしまう(日本のアップルに電話したがもちろん解決するはずもない「MusicStoreについてはまだ私たちのところにも情報が来ていないので分かりません」)。別にいいんだけど。まだプリペードの残高が残っているから。
 アメリカのと日本のでは、微妙に違う。日本のほうがやっぱり少ないジャンルも存在する。もちろん、田村英里子は日本でしか変えない、そういうのもある。しかたないからわざわざメールアドレスを日本のMSで買うためだけに作ってサインインに成功。曲を探すことにした。
 やっぱりSMAPとかサザンとかがない。それに人によっては値段が200円とかする。例によって非常に納得行かない気分になってきた。
 カルチャーを売っているからダイソーみたいに何もかも100円にしろとはいわないが、音楽事務所やレコード会社によって曲を出さなかったりするのはどうなのか。やはりまったく小売業者として消費者の利便性を無視している。日本の音楽業界の腐れ具合がまだまだ残っているという印象だ。カルチャーの作り手と、小売業者、どっちが偉いかといったら、一番エライのは消費者、次に小売業者、最後が作り手だと思う。本だってそうだ。一部のエライ作家は除いて、消費者、→取り次ぎ→版元(出版社)という順序で部数は決定される。初版刷り部数でその作家が食えるか食えないかが決まる。作家が本を、いくらで売ってくれなどという権利はまったくない。
 音楽の作り手は作る環境においてゴージャスなスタジオ、海外録音、高額な報酬など、少しもらいすぎじゃないのか。楽曲を欧米並に一曲全部100円で売るという消費者のビジョンを、作り手、事務所、小売りが深く共感して、そのために音楽を作るおおもとのところから変えないとダメだろう。もしそうした消費者の意向を無視し、私利私欲の拡大に走るのであれば、ミュージシャンや著作権者はもはや道路公団と同じである。
 今日はまだソニーミュージックエンタテインメントが未参加だというがこれはmora.jp、ミュージックウォークマン陣営(ATRAC3陣営)の代表選手だから当たり前だろう。結局ファイルフォーマットの争いになっている。前回書いたようにATRAC3は消費者をバカにしたくそバカなファイルフォーマットで、今回のアップルミュージックストア(こちらはCDに焼けるファイルフォーマット(MP3))の登場により、早晩閉鎖を余儀なくされるに違いない。
 ITの進展は文明開化と同義、消費者に広く、安く音楽が手に入る流通環境がアッという間に整ってしまった。既存・新規問わず、国の内外を問わず、プロアマ問わず、数百万曲というとてつもない競争に音楽業界のすべての関係者が今日から曝されることになった。この競争の圧力は、自分たちが企図して作ったものではなく、アップルというなんの関係もないコンピュータメーカーが作ったものでまさに外圧。外圧による変革を余儀なくされている。この大きな時代の変革の中で、日本の音楽業界にいま差し込んでいるのは斜陽以外の何ものでもない。
小売りスタンスですから市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com

ケチで前近代的な日本の音楽業界

 恋のマイヤヒーという、O-Zoneの曲。欧米で4000万枚を売り上げたというとてつもない「変態」曲である。何が変態って、一回聴けば分かるが、人間の脳味噌を直撃する「マイヤヒー」という裏声の雄叫び、あり得ないほどわかりやすい旋律。ところがこの曲が、iTune Music Store(米)で買えば0.99ドル。日本で、プリペードカードで買うと、だいたい160円、mora.jpという国内最大規模の楽曲ダウンロード販売サイトで買うと、210円。値段がバラバラなのである。
 最後のmora.jpだと、ATRAC3というファイル形式でダウンロードすることになるのだが、これがMP3と違い、ひどいことになっている。ダウンロードしたファイルを最初に保存したPCまたは、ソニーをはじめとする一部のオーディオメーカーが出しているアホなキカイ(つまりハードディスクにしては割高なキカイ)でしか聴くことができない。さらにあきれることに、ATRAC3ファイルは、2台のPCでは同時に聴くことができない。ただコピーしただけでは全然ダメで、それを専用のアプリケーションで復元する必要があるのだが、その復元の過程で、すでにそのPCに入っていた別のATRAC3ファイルは聴けなくなってしまうのである(たぶん)。レコード会社や音楽事務所などによって、CDに焼けたり焼けなかったり、別の音楽再生端末にコピーできる「回数」が違ったりする。さらにいえば、mora.jpには日本を代表するサザンとか、山崎まさよし、SMAPが入っていない。
 結局まだまだ業界はわたしたちにCDを買ってくれということだよ結局。ITの全知能を動員して、必死こいてATRAC3というバカげたファイルを考案し、CDに焼いて汎用できないようにしてある。アホか。もったいない。技術をそんな自分たちのエゴを守るために使うだなんて。ケチで前近代的な、腐れ業界、乞食連中の集まりだな。自分だけ儲けようとしている。自分さえよければいいと思っているんだ。もっとも音楽の癒しを必要とし、音楽を愛する、とりわけ未成年者やニートはそもそも音楽が買えない(クレカが必須だから)。よってたかって、わしら消費者の小銭=パイの奪い合いだ。メーカー、著作権者、管理団体、国、一円でも損しまいと必死である。アメリカの0.99ドル、しかもMP3に比べてひどい有り様だ。はずかしい。
 アナログで出力して、アナログ入力を録音できる機器があれば最終的にPCで何らかのファイルにしてディスクに焼けるから、私はそうすることにする。もっとも聴くのをやめりゃいいんだが。
 ただ誘惑にはかなわない。昔好きだった(恥)田村英里子のアルバムがmora.jpでは全部ダウンロードできる。まあいまは当面、楽曲ダウンロード販売が始まったばかりだから仕方がないのかも知れない。今後、日本のあらゆる曲がiTune Music Storeと同じような水準で売られることを願いたい。
 もっとも友人がやっている「交換」も選択肢のひとつではあるが……。でも品揃えがいまいちなんだよね。ちなみに私はmora.jpでは中島美嘉の曲を何曲か「買い」ましたよ。けっ
音楽は、ストレス社会の抗ガン剤by市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com
音楽は、ストレス社会の抗ガン剤by市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com

デジタルガジェットレビューIXY55、ネットワークカメラほか

 イヤー昨日は。ものすごく緊張してしまった、23時39分。無事にうちあがりました。にしても、打ち上げ前後の乗組員の装備、あの格好すごいよね。まさにボンデージ。打ち上げは11時だけど、乗り込んだのは8時だそうで(いずれも午後、日本時間)長い、長すぎる。もうお願い、イかせてーって。発射の瞬間発射しそうだよ私なんか(ヤバイ、オヤジった)。ちなみに私はライブ配信をネットで見ましたよ。
 スペースシャトルの打ち上げから、自分ちの赤ん坊が寝ている様子まで、あらゆるモノが誰でも気軽に「ライブ配信」できる時代になった。そうしたテックカルチャーを支えるのが、各種のデジタル機器。デジタルガジェット。そのデジタルガジェット、要するにデジタルなおもチャ(デジカメ、通信機器、パソコン、周辺機器など)が個人としては人にちょっとえばれるんじゃないか、というほどに買い集めているのが、この「変態」ブログの著作者、市川哲也です。
 さすがに安くなったとはいえ、ちょっと買うと数万になりますこうした愛すべきキカイたち。買いすぎで貧乏になり、妻からはシカトされるほどコミュニケーション不全を招いていることは、秘密です。
 私もいっぱしのライターとして、ぽっかり空いた高山貴宏さんの空席を埋めるべく、デジカメレビューでも書きますかな。あれー、引かれちゃったかな?
 まず、CanonのIXY DIGITAL 55。なんで買ったか。え? 燃料タンクの様子を撮る「最初のミッション」のためかだって? イヤーそういうタンクはうちにはありませんから。買った目的は毎日の記録用です。何しろ時代はブログ、ブイログ全盛。私のようなITオタクがこれをしないで何をするってんで、プライベートな日々を非公開の別のブログに書いているわけです。
 CanonのIXY DIGITAL 55を買う前は何を使っていたかというと、NikonのD70。これは生まれて初めてもらったボーナスで、97年に買ったNikonのF5を中野のフジヤカメラへ売り払ったお金で買いました。Nikonのレンズが何本かあったから、残念ながらデジタル一眼の選択肢として私にはキヤノンはなかった。いや、いいんですよ、このD70だってもちろん。このD70について書くことはないっすよ。私のような変態野郎のセルフポートレート、ウェブアップ用の物撮りにはこれで十分です。
 ただ、重すぎ。日常の記録用にしてはあまりにも重かった。これにスピードライトをつけて、天井バウンスナゾして美しく写真を撮っていたんだけど、いい加減続かない。
 そこでこのCanonのIXY DIGITAL 55を買った次第。これならもう本当に軽い。どこでも持ち歩いています。
 オートモードでは、9個のフォーカスポイントを自動で識別してくれる。でも私はあくまで自分の意志で、ピントを合わせたいところへ合わせるので(シャッター半押し後にフレーミング、というのになれてるから、てへ)、その賢いフォーカス方式をキャンセルして、真ん中でフォーカシングするようにしている。このカメラのマニュアルモードというのは、眼レフのそれと違い、オートモードでは設定できないあれこれが設定できる(ただしシャッタースピード、露出は無理)。
 このモードにして、+1/3明るめに露出補正し、ISOはたいてい400でできるだけストロボは発光させないようにしている。というのも、ストロボで撮る写真が私は結構嫌いだからだ(天井などにバウンスできる場合は別)。光を被写体にねちっこく回り込ませて、コントラストを落とし気味に撮るのが好きなのだ。ISO50から撮れるこのカメラ、別にブログに上げる目的なんだから、400でもべつにいいのである。
 CanonのIXY DIGITAL 55を買って結構楽しいのが動画を撮る機能。1分以内の、数十秒の動画が10メガ程度のファイルサイズにおさまるメール送信用の動画撮影モードを利用している。
 ところがこのファイルだと、そのままアップしたりメール送信しても、ウィンドウズメディアプレーヤーやら、クイックタイム、リアルプレイヤーなどのよくある動画再生アプリではコーディックエラーになってしまう。コーディックエラーがなにかはしらんが、とにかくそういう理由で再生はお断りとピシャリ。
 そこで、買ったソフトがTMPGEnc3.0 XPress。これでMPEG1に変換して、サイズもさらに落としてエンコードしている。そうするとアラ不思議。さっき列挙した再生アプリで再生できるようになる。
 うーんこの感覚が大事だ。理由や詳細はよくわからんが、金を払ってソフトを買って使いさえすれば、アッという間に目的がかなう。金がかかってもたかだか数千円。そのおかげでできるようになるんだから使わない手はない。
 そんなわけで、あれこれ楽しくやってますが、私のブログ熱に火を点けたのはHeadline-Readerというインフォメーカーさんの作った優れたRSSリーダー。これもたしか2000円しない値段で買ったが、Headline-Readerのおかげで日々の情報入手がとても効率化された。
 最後に、我が家についに無線LAN導入決定。PLANEXの、パンチルト、ズームが可能な無線ネットワークカメラと、無線のアクセスポイントを買ってしまった(締めて6万円!、高い!)。こんな、要るか要らないか分からないような(しかもうまくつながるかも不明)なIT機器を、超高い、パソコン1台買えちゃう値段で買う私ってすごい、最高に貧乏路線まっしぐら。じつはこのレビューについてはまだ書けない。なぜなら今日着たばっかりでまだ接続してないからさっ。
JohnBarryをBGMにシャトル打ち上げ映像けっこういいですよ市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com

ついに出た、PDA携帯のM1000

 これまで、ITツールをそれなりにいじってきたフェティッシュジャーナル。ウィルコム、auが、次々にPCウェブサイトを見られる端末を発表してきたが、ついにあそこが出した。 アソコを出したじゃなく。……失礼。アソコが、そう、あのNTTドコモがついに出した。それも、PCサイトが見られる端末、なんていうもう驚きも何もない陳腐なのじゃなく、一挙にPDAタイプの端末をぶつけてきたのだ。やられた。私は完全にこの端末、M1000にやられた。
 詳しくは日経ビジネスAssocieのこのページを見てもらいたい。
 まあ普通のビジネスマンだったら考えそうなことを列挙している「活用法」だが、私が気になるのは、無料でスカイプ無線電話が出きるのか、である。スカイプの対応OS状況にもよるが、たぶん当面はそれは無理だろう。何しろこのM1000の「OSは、Symbian OS7.0、プラットフォームはUIQ2.1を採用」ということで、残念ながらskypeはインストールできそうにない。skypeがこのSymbianOSにも入れられるようになればいいんだが。何しろこのM1000は無線LAN機能を内蔵していて、ホットスポットへ行けばネットにつながるのである。
 この端末を使いこなすにはいったいいくらかかるのか、調べるのがちょっと面倒くさかったので調べていないが、そう安くはないだろう。というのも、この端末、なんとiモードが見られない。これは「ターゲット層を「30~40代のITリテラシーの高い層」」に絞っているから、だそうで、確かに当該ターゲットに合致する僕たちは、おこちゃまたちみたいにiモードはさすがに見ないのである。Iモードなんてバカらしくて。高いし、情報量は少ないし。そこをばっさりと切り捨てているところがAlt-fetish.comに似ていて素敵。
 いずれにしてもモバイル、PDA+携帯電話(PCネット閲覧)のこの市場は、キャリア、メーカーが入り交じってシェア争いを展開する大注目の市場であることは間違いない。
次回待望のデジタルガジェットレビュー!市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com

iTunes Music Storeで日本人も音楽を買える、その方法

 先日の小生のブログでは、米アップルのMusicStoreでは、日本人はアメリカの銀行が発行するクレジットカードを持っていないし、アメリカに住所もないからアップルのIDが得られず、したがってMSで曲が購入できない、誰かなんとかしてーという旨書いた。
 ところが、雑誌などでは今年前半にはもう「買う方法」が紹介されていたことが判明した。
 すべてはこのサイトへ行けば分かる。
 なおこの情報を私に教えてくれた志高き某読者様、心から御礼申し上げます。
 詳しくは表記サイトをご覧いただくとして、一言でいうと、アップルストアではプリペードカードで買うこともできる。そしてアメリカの住所の実在性はチェックされない。ポイントはこの2点である。上記サイトではそのプリペードカードの番号を売っていて、それをMSでアカウントを作るときに入力するというわけだ。ただし、一曲160円程度になり、為替レートからみるとだいぶ不利な買い物となっている。だから私は今後とも研究を続けたい。すなわち、アメリカの銀行に非居住者がクレジットカードを発行してもらえる裏技を(たとえばレンタルアドレスと銀行のクレジットカード発行がセットになったようなサービスとか、米在住の友達に頼んでプリぺイドの番号をゲットするとか)。
 研究の過程で弟の彼女がアメリカに留学中に作ったアメリカの銀行発行のクレジットカードがまだ有効だということが分かり早速IDを作らせる。しかし弟が激しく嫌がったためそれで曲は変えなかったぞ、トホホ。クレカの更新のためにはまたアメリカへ行かなければならないそうで、そういう貴重な口座残高をワケのワカラン「ダサイ」映画音楽に使われたのでは困るというのがその言い分である(ダサイ映画音楽というのは後述)。
 また、アップルに電話して「iTunesのMSで曲を購入と書いてあるけれども、結果として買えないんだけどどうなんだ」とクレームを言ったところ、担当者は「セキュリティーの関係でその画面が見られないから回答できない」という。「じゃああなた、自宅で見てご覧よ、結局買えないから。ヘッ」と言ってやった。フフ、勝ったな(なにに?)。
 iTunesMSで音楽が日本人は買えない現状。これはたいへん不便だ。にんじんを目の前にぶら下げられた馬が走れないようなモノ。このへんの事情については様々なところで論評されているようだ。たとえばアメリカのMSは一曲0.99円に統一されているがこれって日本でかりにMSがオープンした場合はどうなんだろう、とか。基本的にみなさん待っていらっしゃるようである。日本でもMSがオープンすることを。頑張れ日本のアップル。
 さて、おおかたの読者がもしかして気にしているかも知れないのは、私がどのアーティストのアルバムが欲しくてこれほど騒いでいるか、である。もちろんEriko.Tではない(笑)。私が集めるのは、先ほど弟にダサイと言われた映画音楽、そう、Soundtrackのカテゴリーだ。なかでも、ジョン・ウィリアムスという人がいてこの人はスターウォーズとかインディージョーンズ、ETなど有名所の映画のサントラはほとんど作曲しているすごい人。まあこの人の曲はたいていはCDで買って持っているので(恥)、その人の上にいた(iTunesのMSの画面でアルファベット順にアーティストが並んでいる)、John Barryという人の曲を何気なく、視聴してみたらすごいよかったのです。というわけで私のPCにはいま、John Barryのアルバム、Eternal Echoesの全曲がちゃっかり収まっている。映画サントラ好き、というのはちょっと恥ずかしい音楽趣味であることは自覚している。いいんだどうせ私なんか、思春期にはアイドルとか聴いていた、変態のヲタだから。ただサントラはサントラでもドマンナカストレートにジョン・ウイリアムスではなく、同じジョンでもジョン・ヴァリーで、こんないい曲があるんだーみたいな「発見」、これが何ともいえず嬉しかった、私のアップルMS体験である。
まあしかしMSで買い物するのもこれが最後な飽きっぽい市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com

ブログとポッドキャストが変えるぼくたちの生と死

 奥山貴宏さんというライター、いや、作家が今年の4月17日になくなっていたことは寡聞にして知らなかったが、この人すごい。土曜日に、NHKのETV特集でこの人のドキュメンタリーをやっていて知った。
 この人は私とたぶん同じ歳で、2年前に肺ガンになり、余命2年と宣告を受けた。その後、ブログをはじめて、死の直前までブログを続けていた。イヤー、32歳っていろんな人がでてきたなー。渋谷の社長、藤田さん、同じくホリエモン、そして奥山さん。そして私。あっ、すみません。なんでもないっす。まあ、何となく焦ってこんな本を買ってしまった私(どんどん藁ってやってください。このブログのカテゴリーは、「コメディー」ですから、もはや)。
 さて、本筋に。
 奥山さんの場合は、ブログがあったから、ひとりの作家の死としてはおそらく有史以来はじめて、見ず知らずの人たち(読者)がまるで彼を身内のように思い、その死をリアルタイムで悼んだ。コメントの中で、他人で面識もないのにもかかわらず、行間から伝わる彼の衰弱を読みとり、辛くなったというのがあった。
 私も彼がやせ細る様子を見て、3年前に他界した父、その死の直前の様子などを思い出して非常につらくなってしまった。彼が亡くなる直前の数ヶ月間は、私は胸がいつも何となく重かった(結構物理的に重いと感じるほどの重さ)。その重さがまたぶり返した。
 私は父が絶命するその瞬間、何をやっていたかというと、家庭用のデジタルビデオカメラで彼を撮影していた。だから息を引き取る文字通りその瞬間は、モニターを通して見ていた。正直、直視できなかった。病室はほの暗く、モニターはかすかにしか映らないのが幸いだった。父の死───その体験のインパクトの大きさといったらない。いまだにその時に撮った死の瞬間のVは観られない、ひ弱な私。
 ブログじゃないけれども、父も物書きとしてあれこれ書いていたので、奥山さんと父がよけいに重なるのである。物書きは(もちろん私もそうだけれども)、書くことによって自分から一時自由になれるところがある。書いていることで救われるというか。無になれるというか。奥山さんのブログを読むと、ゲラ(校正刷り)が重たくて持てないという記述があるが死ぬ直前の人というのは、紙一枚、かざして読むこともできないのである。父も死ぬ直前は、あれほど必死に読んできた校正刷りを、もはや持つこともできなくなった。校正を持てない物書き───まさに末期の象徴的な光景だ。
 ブログを人々が書くようになって、すごい時代だと思う。エライ人、特別な人なら、そりゃあリアルなドキュメンタリーもテレビ局が入って作るんだろうけれども、そうじゃない、市井の人、日常に生きるなんの変哲もない無名の人も、自分のドキュメンタリーを、ウェブ上にどんどん残している。
 ほとんど読んでも意味のないものなんだけれども、ブログは。しかし、奥山さんみたいに、たくさんの人に「死」というものを突きつけることで、人が「死」について考えるより多くの機会をもたらしうる、そうした効果は評価すべきだろう。
 奥山さんの場合はまわりに編集者や映像プロデューサーなどが登場して、彼を記録した。死の直前は口述筆記となったが、これは編集者がやっていた。知人や親類に、ブログをやっている人がいたら、ぜひたがいに万が一の時はブログを更新し続けようと確認すべきだと思った。
 いざ、親しい人間が死ぬとなると、意外にまわりの人間にできることは限られてくる。本人の病気のコントロールは病院がするし、励ますといった精神的ケアも相手が大の大人、それも物書きのように達観したところのある人となれば、言葉の威力も限定的だ。陳腐なことを言えば逆に傷つける結果を招く。本人も死ぬことを分かっている場合には、まわりの者はできるだけ平静に、これまで通りに接することが一番だと思う。本人が死に行くからと言って、こちらが態度を変えるのが一番よくない。あと、本人には「死」とか、病気の進行についての話題はタブーだ。死が近づけば近づくほど、本人の中で死にたくないという感情が強くなる。死ぬことは忘れたいのである。だから、死ぬとか、そういう言葉は完全タブーとなる。私たちまわりの者は、とにかくなにも変わらない、「終わらない日常」を演出することが本人にとってはモルヒネに次ぐクスリとなる。奥山さんも使っていたけれども、末期ガン患者にはモルヒネが投与される。ほとんど苦しむことなく死ぬのである。
 記録し、ブログに更新するという作業はきわめて地味だし、毎日そんなに「コト」が起こるはずもない。しかしそれを続けていけば、人はいつか必ず死ぬから、必ず、何も起こらない日常でさえ、ドラマになりうる日がやってくる。最末期時は日常そのものがもはや非日常となってしまう(死ぬという日常を糊塗して、それがまるでないかのように日常を装うため)。
 今後、ポッドキャストなどがでてきてしまった以上、ポスト奥山はDJ技術も持っていないとダメとなる。技術の進展とともに、どんどんメディアリテラシーの作法は高度化を遂げる。
 ネットの時代に生きているということをあらためて実感した、そんな私の「奥山体験」である。
ひよわな市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com

iTunes4.9でも米appleのMusicStoreから締めだされる日本人

 いま筆者が熱くなっているポッドキャスト。ブイログ。どうやら震源地はappleのiTunesにあるということがわかり、さっそくパソコンに以前インストールして何度か使ったものの、曲が買えないから(後述)ほこりをかぶっていたヤツをバージョンアップした。最新バージョンは4.9。なるほど、ポッドキャストというのがでてくるぞ。
 ポッドキャストをあれこれいじっているうちに、「曲を購入」というボタンがたくさんあるのに気が付いた。そしてほどなくして、「曲を購入」できるのは、アメリカ在住のアメリカのクレジットカードホルダーでなければダメだと言うことに、気が付いた。
 筆者が好きな映画やテレビのサウンドトラック(ダサ……)の中でとてもいい曲があったので片っ端から買ってやれーって思ったのになんという無念。
 そういえば新聞で日頃、日本では音楽ソフトのダウンロード販売がなかなかうまくいかない、なあんてことをたびたび目にしたなあ。アメリカのアップルのミュージックストアも世知辛いなあ。細かいことを気にしないで、どんどん他国のクレジットカードでも対応すればいいのに……。それがインターネットなんじゃないのか? それが、iPodの精神じゃなかったのか。
 これまではすごい格好良く見えたiPodのサイトも、なんだか画竜点睛を欠く感じに見えてきたぞ。買わなきゃよかった。
 結局CDを買ってくるなり借りるなりして、いったんHDDに落としてそれをiPodへ移すなんて、全然スマートじゃないぞ。かっこわるい。すごい消費者が割を食ってる気がする。
 みなさん、MusicStoreが日本人は使えないということに苛立っている人はいないんですかね。これって結構大問題になる気がする。だってポッドキャストが今回のバージョンアップでバンバン使えるようになると、驚くほど簡単にあらゆる楽曲にアクセスできるんだもの。ご丁寧に、「曲を購入」というボタンは日本語で書いてある。ヘルプも全部アメリカのをそのまま翻訳しているので、日本人でも買えるような印象だ。しかし実際は買えないのである。0.99ドル(MusicStoreでは1曲がこの値段)という文字を恨めしげに眺めるばかりの私でした。
 それともなんか裏技があるんでしょうか?
教えてください、私だけにこっそり。市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com

奥菜恵さんと渋谷の社長が離婚

 日本は明治維新、つまりついこのあいだまで、300年にもおよぶ長い期間、士農工商という身分制度であった。そのうち農民がもっとも人数が多かった。ほとんど農民である。江戸末期は武士が落ちぶれて商人が力を得て台頭。制度が大きく変わる原因はそうした身分間の力関係の変化が一因となっている。
 今回離婚した女優と社長の場合はどうなのか。もちろん私はこのブログで前世がどうのとかオカルトめいたことを言い出すつもりは毛頭ない。そうじゃなくて言いたいのはこうしたいわば私たちとはだいぶ遠いところにいるセレブレティの私的な不幸な事件が、なんでこんなに私たちにとってよろこばしく、また楽しく感じられるのかである。
 楽しいとか悦ばしいとはちょっと違う、こう、なんといおうか、胸がスカッとするような、胸のつかえが取れたような気分なのである。
 この感情というのは、ながいあいだ続いてきた身分制度、身分制の時代の方がいまのような平等社会の民主制度よりもよっぽど長かったために、骨身に染みついている日本人のメンタリティーにかかわる感情なのではないか、そんな風に思って、そのことを家族に話してみたところドン引きされたのでブログで書いてみました。
あれ日付がかわっちゃう市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com

テレビ局が野村総研に「謝罪しろ」

 野村総研が、消費者がテレビ番組をデジタルビデオレコーダーに録画して番組を見るようになったり、ブロードバンドの普及などの影響から、テレビCMの効果が費用に見合わなくなるなどとした研究論文を発表した。これに対し、テレビ局各局が異例の猛反発。「謝罪して欲しい」「撤回すべきだ」などと騒いだという。
 それに対して、野村総研の当該リポートを担当した人は「無料で番組を見せて、広告費で儲けるという仕組みの自信のなさのあらわれ」と一蹴。電波行政に守られ、独占的な利潤を少数で寡占してきたテレビ局の静かな、しかし確実な瓦解が始まろうとしている。
 将来の雲行きが妖しくなって焦るテレビ局各局。ブロードバンド放送に相次いで乗り出そうとしている。これまで、ブロードバンド放送というと、通信事業者が主導してきた。しかし、そもそもコンテンツを制作して持っているのはテレビ局だ。豊富なコンテンツ資産を武器に、このジャンルへの参入を逃すまいと躍起になっている。
 私に言わせるといろんなビジネスがある中で、テレビ局はずるい。汗水流してわずかな年収というのがもはや当たり前になろうとしている世知辛い世の中で、自分たちだけかなりおいしい思いをしているのがテレビ局にほかならない。そういう不公平を、新しい技術がなくそうとしているような気がする。
 今さらブロードバンドに進出するったって、ネットに流せる放送コンテンツなんてそんな大したことないに違いない。本当に観たいものは権利関係が複雑で無理だろうし、かといってどうでもいいものは誰も見ないような無価値なものに決まっている。
 アメリカではゲイがダサイノンケ男をおしゃれに変身させる番組とか、いろいろ素人を使った面白い「企画もの」が話題だが、日本のテレビ局もタレント頼みのドカーンバカーンというのばかりじゃなく、そういう企画ものをどんどんやるべきだと思う。たとえば景気動向にかかわらずいつもバブリーなテレビ局社員の日々をドキュメンタリーで放送してみてはどうか? アイドルグループの未成年に酒を飲ませるなど「ネタ」としても面白い事例がちょうどでてきているではないか。しかしそうしたネタは何もテレビ局がバーンとやる必要はない。
 デジタルビデオカメラが数万円で手に入り、しかも映像圧縮技術が進歩し、そうした技術を格安のソフトで誰でも使えるようになった。何もいまの時代、自分のコンテンツを制作し発表するのにテレビ局である必要はなくなった。個人でも、自分が撮影した映像をブログなどのメディアにぺたっと貼り付けて公開することが、デジタルビデオカメラとPCが一台、それに早い回線さえ用意すれば簡単にできる。もちろん一晩徹夜の覚悟がいるケースもあるかも知れない(凝りに凝った画像をやりたい人、ただしこれは続かないぞ)。
 ネタさえあれば、誰でもテレビ局になることができる。そういういい時代に、テレビ局からすれば困った時代に、なったんですねえ。
※昨日コスチュームストアのトップを整理したのですが、ナビゲーションバーでリンク切れを連発してしまいご迷惑をおかけしました。修復作業が完了したようですからお知らせします。
フジテレビのエントリーシートは新宿郵便局に終電間際に出しに行った思い出がいまだに痛すぎる市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com

管理と人間

 今日の話題は「管理と人間」。小さい頃自分をどれだけ管理できたかが、大人になったときにどれだけ人に管理されずに済むかを決める。それが資本主義の企業社会のルールだ。世の中で華々しく名前が知れ渡る企業の現場。そこでは日夜、人が人を管理している。管理する人は現場の責任者である。しかしその責任者もまた、より上位の責任者に管理されている身分である。最後に会社を管理するのは取締役たちだ。もちろんここでは上に行けば行くほど高学歴の人間が幅を利かせるようになる。下の方ではおよそ企業によってウマイ具合に「洗脳」されでもしない限りとうていバカらしくて続けられないような、インセンティブもモティベーションも低い仕事が山のように堆く積まれている。そうした仕事をこなすべく洗脳されるには、洗脳の抗生剤である「知識から成熟して発達する個人の持つ思想の体系、価値思想」の邪魔が入らない、空っぽの脳味噌でなければダメだ。だから下の方で業務に従事するのはもっぱらそうした脳味噌の持ち主たちということになる。彼らは、小さい頃自分を管理することを怠った人たちだ。なぜなら脳味噌空っぽのままにしておくのは単に自己管理を怠れば済む、つまり本能の気の向くままに過ごしさえすればいい話だから。
 一方、大人になって高学歴でいられるのは、小さい頃自分をよく管理して、地獄のような知識の詰め込みに耐えてきた人たちである。放任されれば子供は遊ぶし怠ける。それをいかに管理するか。キツイ修行、ビザールな幼少時代の積み重ねによりたまったストレスは、大人になってから、人を支配したいという変態欲求の自己実現の格好の舞台、「企業世界」でどんどん爆発させればいい。
 変態連中の餌食になるのはもちろん、幼少期に自由に遊び狂い、およそ管理とは無縁の「健全な」生を全うしてきた人たちだ。どんなにつまらない、非人間的な仕事でもその新鮮でまっさらな脳味噌、未使用ハードディスクの「空き」だらけの脳味噌に企業管理の洗脳ソフトがインストールされれば、たちまちセットアップ完了。これがじつによく動くのである。
 不幸は洗脳されきれない、中途半端に脳味噌が混んでいる人たちが、企業社会の下の方へ紛れ込んでしまうと起こる。彼らは脳に企業ソフトをインストールされ、企業で働くようセッティングされたものの、容量の空きが少なくギチギチのハードディスクではシステムがすぐにバグって動かなくなってしまう。その結果、音を出したり(くだらない、やめたいと企業での「暴言」を吐く)、熱を出したり(風邪)、冷えたり(自殺)。その所作のいかにパソコンににていることか。
 管理がイヤならば、そこから逃れるとっておきの方法がある。企業社会に入るのを辞退すりゃいいはなしだ。そしてできるだけ収入を少なくすること(ラッキー!このふたつは相反しない)。そうすれば管理が大好きなあの連中、そう、企業や国は、あなたになんの関心も払わなくなる。
 運悪く企業に入ってしまったあなた。管理にまつわるストレス発散ならAlt-fetish.comの商品を買ってみては? あなたにとってベストの自己実現の方法を見つけることができるかも。
 最近いわれるニートや不登校の方々。この人は一概に管理がイヤだからやめたとはいえない。管理に過剰適応してしまう自分がイヤだとか、完璧主義なあまりちょっとした管理の破たんにも耐えられないといった原因もある。筆者の親戚には親が東大で子も東大をめざして難関の小学校に合格したが、高校2年で不登校になったのがいる。いま30歳になるその「子」は、東大法学部の3年(要するに人の何倍も時間がかかったがなんとか東大には受かった)。かなり時間がかかってここまでたどり着いたはいいが、就職活動や司法試験の準備など、年下の同級生が淡々とすでにはじめている「次のステップ」はまだ見つからない。
※市川哲也着用済みのキャットスーツ3点(BLACKSTYLEのS、XS、マスク、ストッキング、グローブ付きのS)、ブーツ3点、ドルフィードリーム(人形)を出品中です。
ビデオ全品大幅値下げ処分→販売終了タイトルが続出
高度管理社会におけるカナリア、市川哲也
Alt-fetish.com
info@alt-fetish.com