西日本のラバーボンデージ少女Vol.2

西日本のラバーボンデージ少女晃子さん。キャットスーツを着た感想を寄せてくれたあとに、ラバーマスクをお買い求めになられた。その商品が晃子さんのお手元に届いたと思われた頃、編集部には以下のようなメールが晃子さんから寄せられたのである。
「ふと我に還ると、私は暗闇の中を漂っていました。視界は完全に遮断され、聴覚が捕らえるのは自分の呼吸音のみ、他は全くの無音の世界。僅かに外気に接しているのは、両の鼻孔と口唇だけ。指も乳房も生殖器も、躯中一分の隙間も無く人工の皮膚に覆い尽くされ、纏わり付き、締め付けられ、何処までも吸い付いて離れない第二の皮膚。押し寄せては退いていく、甘美な陶酔の波に何度も放り上げられては失速。たまらずにあげた微かな愉悦の声だけが、生身の証明の様。
 きっと第三者が目にすれば、思わずギョッとする異様な光景に違い有りません。横たわりうごめく私は、オブジェクトか人外生物としか認識出来ないでしょう。しかしこの異様な姿こそ、私の真に望む姿なのです。
 私は名も性別も年齢も無い、一個の無機物に成り果ててしまいたいのです。
 顔面までラバーに拘束され、しかしながら嗅覚が捕らえるのは、何故か甘いチョコレートの香り。ラバーとチョコレート。不思議なミスマッチ。自由にならない口元に僅かに浮かぶ少女めいた微笑。しかし今の私は、身体のシルエットでのみ女と識別出来るだけの、人型をした無機物なのです。
 両の眼腔も、外気に曝されているのがもどかしくて、マスクの上から黒く塗ったゴーグルで覆ってしまいました。その間も絶え間無くキャットスーツに愛撫され続け、エナメルのロングブーツとコルセットに締め上げられ、艶やかな光沢を放ちながら、歓喜に軟体動物の様にのたうつ私の身体。
 さらには、前もって念入りに剃毛・浣腸処置を施した股間の双穴に埋め込まれたディルドとバルーン・プラグ。薄い肉壁を隔てて、互いに押し合い、擦れ合い、一滴の愛液すら零すことも出来ず、震え続ける秘部。
 思えば、私はコレが堪らなく嫌いでした。私の脚の間に当然の様に居座って、時期が来れば紅い血を流す汚らしいスリットが。
 だから覆ってしまいたいのです。艶やかに輝くラバーやPVCで。そこには何も無かった様に、私は誰でも幾つでも、男でも女でも無いように。私は覆い尽くすのです。快楽に悶えながら。
 脳裏を過ぎる様々なビジョン。マーキスのビデオやグラビアの一場面、椅子や台座に固定され、苦悩と悦楽に同時に苛まれ、どうする事も出来ずに感じ続ける美しいモデルは何時しか自分に変わっています。少女期の記憶。13歳、初めて履いたピンヒールのサンダル。何故か違和感無く、軽やかに歩けた。14歳、人知れず黒い下着で登校した。Tバックが微妙に心地良かった。
 15歳、男を知った。愛していたけど性的快感は解らなかった。未だ未熟だったのか?
 16歳、思い出したく無い。17歳、初めてガーターベルトを着ける。パンストが、途方も無く野暮ったく見えた。
 18歳、古本屋で「O」を見付る。ラバーの下着とPVCのレオタードを 着けた。何かが目覚めた気がした。
……そして現在、虚無の空間を漂っています。誰でも無い、性の無い物体と化して……。それでも、人工の皮膚の下に存在するのは生身の私です。感覚も意識も備わった、人間の女の自分。
 こうしている間にも、再び訪れる瞬間。私は息を殺して待つ。やがて意識が白濁……。
 私ハ誰……私ハ誰デモ無イ……私ハ私……私ハ壊レテイルノニ……兄サン……コンナ私ガ好キナノ……? ドウシテモ好キナノ……?  一瞬脳裏に浮かんだ面影。掻き消すように押し寄せる快楽の波。  夜は未だ明けない。」
 これを書いているのは、ネカマとか市川哲也ではなく、正真正銘の、この日本に実在する、女性である。お知り合いにラバリストの女性がいらっしゃる方ならまだしも、多くの男性読者から見て晃子さんがいかに貴重な存在であろうか。
 晃子さん、ありがとう。
Text by Tetsuya Ichikawa
Alt-fetish.com